The Essay Series from Accountants
時を重ねる場所
―数字では測れない時間の重なり―
今年のゴールデンウィークには、奈良から高野山へと足を運びました。旅は、まず大神(おおみわ)神社へご挨拶に伺うことから始まりました。そこから檜原(ひばら)神社、長谷寺(はせでら)へと巡り、最後は高野山へ。いずれも長い時間の中で、人々が思いを重ねてきた場所です。
大神神社では、御神体である三輪山へ拝登しました。本殿を設けず、三輪山を拝するという古くからの信仰の〝かたち〟が今も残っています。静けさの中に蛙の声が響き、そこでできるのは、お水をいただくことと、ただ拝むことのみでした。また、大神神社は古くから酒造りとも深い関わりがあるとされ、「神酒(みわ)」という言葉にも、神様への祈りと人々の暮らしが結びついていたことを感じました。
檜原神社は、天照大神が伊勢へ遷られる前に祀られた「元伊勢」とも伝わる静かな場所です。本殿を持たず、三ツ鳥居を通して拝むその姿に、祈りの原点に触れるような思いがしました。
長谷寺は「花の御寺」と呼ばれ、牡丹が満開でした。特別拝観では、10mを超える十一面観音様のお御足に触れてお参りし、下から見上げるお顔は、どこか微笑んでおられるようにも感じられました。
旅の最後に訪れた高野山では、杉木立の中で石楠花(しゃくなげ)が美しく咲いていました。大切な人を偲び、静かに手を合わせるための参拝でもありました。折しも旧正御影供(しょうみえく)※の時期にあたり、普段は入ることのできない御影堂(み(ご)えいどう)を内拝し、翌朝には奥之院での法会にも参列することができました。時を超えて続く祈りの中に、自分もそっと身を置いているような、不思議な感覚を覚えました。
日々の業務では、数字や期限に向き合うことが多くあります。しかし、こうした場所を訪れると、数字では測れない時間の重なりや、人の想いの積み重ねを感じます。忙しい毎日の中で、ほんの少し立ち止まり、手を合わせる時間を持つこと。その静かなひとときが、自分自身を整え、日々の仕事にも穏やかな力を与えてくれるように思います。
※旧暦の3月21日にあたる時期に実施する真言宗の開祖である弘法大師(空海)の遺徳を偲び、報恩感謝を捧げるための最も重要な法要のこと
三輪山そのものを御神体とする日本最古の神社の
一つ「三輪明神 大神神社」です
「花の御寺」と親しまれる長谷寺では牡丹が満開でした

