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シリーズ企画

2018年08月号

中小企業における産休・育休制度

国が「一億総活躍社会」を掲げる中、女性の社会進出や活躍の場が拡大、それに伴って企業側には産休・育休制度の充実が求められています。人員が充実している大企業は対策を講じやすいかもしれませんが、資本・人材ともに乏しい中小企業では、制度導入に踏み切れないところが多いのが現状です。そこで人事・労務コンサルタントである加藤マネジメントオフィス代表コンサルタントの加藤 千博 氏に、産休・育休制度をめぐる現状や展望、中小企業が同制度を導入する際のポイントなどを解説いただきます。また後半では、実際に産休・育休制度を導入している事例をご紹介します。

加藤 千博 氏

加藤マネジメントオフィス 代表コンサルタント

加藤 千博 氏

1988年、青山学院大学経済学部経済学科卒業。同年、イタリア ペルージャ大学イタリア語学科専攻(2年間)。90年、ファッション関連会社 イタリア駐在員事務所開設。イタリアを中心にヨーロッパの一流ホテルや一流レストラン、高級ブランド店などのサービスを学ぶ。帰国後はファッション関連会社、不動産会社、飲食店(イタリアンレストラン)、デザイン企画会社など、多くの会社経営に携わると同時に従業員の福利厚生を向上させるため、人事評価制度設計、賃金制度設計に尽力。2010年、コンサルティング会社 センズプランニング設立。13年、社会保険労務士 加藤マネジメントオフィス設立。17年よりMJS税経システム研究所 客員講師。

働き方改革を背景に産休・育休取得が増加

日本における産前産後・育児休業の取得率※1は現在、女性約82%、男性※2約3%となっています。女性の取得率は少しずつ上昇し、ひところと比べるとだいぶ制度として浸透しています。一方、男性の取得率はノルウェーやドイツなどの産休・育休先進国と比べると極めて低水準ですが、これでも数年前からすると倍以上に増えており、今後も増加傾向が続くと思われます。その背景にあるのは、労働人口減少の対策として近年、国が掲げている「働き方改革」です。新たな労働力確保のため、女性の社会進出や高齢者の再雇用、外国人材の活用などが推進されており、「働きながら育児できる環境を整えよう」というのが大きなトレンドとなっているのです。

法律面では、2017年10月1日付の育児・介護休業法改正で、子どもが最長2歳に達するまで育児休業が取得可能となり、育児休業給付金(最初の半年間は従前賃金の67%、それ以後は50%が支給)の交付期間も2年に延長されました。また、同改正法におけるマタニティーハラスメントやパタニティーハラスメント※3に関する文言も注目されました。従業員が育児のために休暇や時短勤務を希望した場合、それを阻むことは違法行為です。それを厳重に処罰せねばならないということを就業規則に記載するべし、という努力目標が改正法に盛り込まれたのです。

中小企業における産休・育休導入のポイント

このような状況にあって近年、中小企業からの産休・育休導入に関する相談件数が増えています。最大の課題は、人員が限られている中、代替要員をいかに確保するかということと、それに伴う費用をいかに捻出するかということです。代替要員については派遣社員を活用したり、有期雇用で必要な人員を加えたりする場合が多く、こうした雇用を対象とした国の助成金もあります。両立支援等助成金(育児休業等支援コース)がそれで、該当社員が育休に入った時、代替要員を雇った時、職場に復帰した時、それぞれのタイミングで約30万円が支給されるというものです。また近年、育休期間中と産前・産後期間中の取得者の社会保険料が免除となっていますから、企業にとっては以前からすると、費用面での負担はだいぶ軽減したと思います。

問題は産休・育休取得者がそれまで担当してきた業務を、休暇中にきちんとまわしていけるかどうかです。単純な事務作業など替えがきく業務ならいいのですが、特殊な能力や技術、資格が必要な業務を行っている場合や多くの顧客を抱えている場合などは、当然ながら事はそう簡単には運びません。

人員が限られている中での産休・育休導入には課題がたくさんあります。詳細は後半の事例で紹介がありますが、就業規則に育児介護休業規定を盛り込むなど制度面での環境整備を行うことに加えて、当事者同士が各々の事情を共有し、話し合うことで柔軟に対応することが可能です。

写真1

出典:公益財団法人東法連特定退職金共済会レポート(厚生労働省ホーム ページ参照)

写真1

出典:公益財団法人東法連特定退職金共済会レポート(厚生労働省ホーム ページ参照)

写真2

※職場支援加算と代替要員確保時は、同一の育児休業取得者に対して併給できません。出典:厚生労働省パンフレット

これからの中小企業に求められること

最後に、中小企業が産休・育休導入に向けて準備しておくべきことを整理したいと思います。

まず何よりも取りかからねばならないのは、法律に基づいて会社独自の休業規定整備(ルールブック)を作ることです。経営者の中には「社内制度として明文化すると、休業取得希望者が増えてしまう」と二の足を踏む方も多いのですが、会社を守るためにも休業規定は重要です。実際に以前、入社わずか半年の社員から育休取得の申し出があり、対応せざるをえなかった企業の事例がありました。本来は入社後1年未満の人は休業規定の対象から外せると法律で定められているのですが、これは代表者と社員との間で労使協定が結ばれていることが前提となります。しかし、その企業は就業規則も何もなかったために対象外とできなかったのです。休業規定や社内制度がない状態がいかに無防備であるかを、中小企業経営者は自覚しなければなりません。

次に、実際に産休・育休該当者が出たと想定して、現在の他の人員にどう仕事を割り振るか、代替要員が必要かどうかなどをシミュレーションしておくことです。代替要員が必要なら、どう募集するかの目星をつけたり、ツテを探したりしておく必要もあります。

そしてもう一つ非常に大事なのが、産休・育休該当者以外の従業員へのケアをどうするかです。実は3歳以下の子を持つ育休取得者の約6割が復帰せずにそのまま辞めてしまう、というデータがあります。その原因として多いのが、育休該当者以外の従業員に負荷がかかりすぎたというケースです。不平・不満がたまったり、何らかのトラブルが起きたりしたことで、復帰した育休該当者が職場になじめず、辞めてしまうことが多いそうです。それを避けるためには、育休該当者が出た時、経営者が現場を待遇・心情の両面でどうフォローするかがカギを握るのです。

今後も確実に労働力人口が減少し、働き方改革が推進されていく中、産休・育休だけでなく、週休3日制や勤務地限定・職務限定正社員など、多種多様な働き方を受け入れることが企業活動の基本となります。事は大企業のみに限りません。むしろ規模の小さな中小企業こそ、柔軟に働き方改革を進め、それを人材募集のアピールポイントにしていくべきだと思います。

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NPO法人 Believe 理事長 岡田 尚子 氏 

東京都 目黒区

スタッフ集合写真。左から3人目が岡田氏

スタッフ集合写真。左から3人目が岡田氏

3年前から就業規則を整備

「NPO法人 Believe」は、目黒区指定の放課後等デイサービスです。障害のある就学児童(小学生・中学生・高校生)が学校の授業終了後や長期休暇中に通うことのできる施設で、定員は1日20名。正規の常勤スタッフ3名と非正規の常勤スタッフ1名、1日約5時間勤務の非正規スタッフ5名、そして児童の送り迎えに特化した10数名の登録スタッフを擁しています。理事長の岡田 尚子氏によれば、活動内容は工作や運動、ボタンとめやアイロンがけといった日常生活に役立つ技術習得、プール遊び、音楽の講師を呼んでの楽器演奏や合唱など多岐にわたり、特に「療育(自立した生活を送れるよう支援するための教育)の要素を大事にしている」そうです。例えば、通常の放課後等デイサービスであれば児童の送り迎えを車で効率的に行うのが一般的ですが、同法人では徒歩と公共交通機関で行うことで、児童が自力で目的地へ行く力を養っています。 岡田氏が同法人の理事となったのは約8年前。徐々に規模が大きくなる中で、就業規則などの整備は後手にまわっていたそうです。3年前に社会保険労務士の手を借りて就業規則の中に育児介護休業規定を盛り込み、子どもが1歳半になるまで育休取得可能と明記。そして昨年、正規常勤のベテラン女性スタッフが2人目の子を妊娠し、産休・育休に入ることに。まず出産予定日まで約半年とあまり時間もない中、両立支援等助成金などを活用すべく、育休から復帰までのフローに関するプランを作成。そして仕事の引き継ぎについて話し合いが行われました。3人の主要メンバーの1人が欠けたので当然、代替要員が必要でしたが、「以前からそのベテランスタッフのサポートをしてきた非常勤スタッフが事務面を引き継ぐことになったので、その点はスムーズでした」と言います。

協議の上で制度を運用

ただ問題だったのは、ベテランスタッフが園の療育方針などをリードする「児童発達支援管理責任者」だったことです。放課後等デイサービスの指定を受けるには「指導員又は保育士、児童発達支援管理責任者」の配置が必須。これがないと指定を外れることになり、自治体からのサービス費報酬が70%に減額されてしまうのです。「だからといって、サービス費報酬を得るために外部から児童発達支援管理責任者を雇うとコストがかかるし、当園の活動内容や方針、理念も含めて新しいスタッフに伝え、教育する時間的余裕もありませんでした」と岡田氏。結局、岡田氏はサービス費報酬減額を受け入れて新たに人は雇わず、ベテランスタッフは先半年間分の活動計画をしっかり立てた上で産休へ。「話し合いの結果、産後最長1年半取得可能な育休を短くしてもらい、約半年で復帰してもらうことにし、その間はこれまでのスタッフ同士で協力し合って乗り切った」そうです。 人員が限られている中での産休・育休導入には課題が多数ありますが、制度面での環境整備を行うだけでなく、このように当事者同士が各々の事情を共有し、話し合うことが大切です。事実、「Believe」では、この1件が正規・非正規を問わずスタッフ一人ひとりが自発性を持って働くことへの意識改革につながり、スタッフ間の協力もより密になったそうです。また最近では、「今後、産休・育休取得者が出たり、何らかのトラブルがあったりした時のために、非常勤スタッフにも児童指導員や保育士、児童発達支援管理責任者などの資格取得に向けて勉強してもらっています」とのこと。「これまで通りの手厚いサービスを維持しつづけたい」という思いを全員で共有していることが、こうした体制強化に取り組む上で大きな原動力になっているようです。

普段の児童たちの活動の様子

普段の児童たちの活動の様子

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(株)ジップス 代表取締役 水野 勝広 氏

東京都文京区

オフィスの様子

オフィスの様子

創業から徐々に制度を構築

1990年創業の独立系IT企業、(株)ジップス。95年に参入した医薬・製薬会社向けの創薬やMR関連システムの開発を主力事業として成長し、現在ではプロジェクターやモニターといった映像機器の組み込み型ソフトやスマートフォンアプリの開発など、幅広い業務を手掛けています。従業員は31名(男性26名、女性5名)で平均年齢は約37歳、8割が20~30代で、それぞれ本社での受託開発業務や出向先企業でのシステム運用業務に携わっています。

代表取締役の水野 勝広氏は、創業当初から「従業員一人ひとりの人間性やストレスのない働き方、人材育成や教育を大事にしよう」と思いつつも、「あえて制度化するのではなく、お互いの気遣いがあれば自然と働きやすい環境が整えられていく」と考えていたそうです。当時、スタッフは6名でうち女性が1名。メンバーが少ないうちはそれで良かったのですが、その後93年から毎年コンスタントに新人を採用するようになり、人員が増えるにつれて、水野氏は人事・労務面での社内制度の重要性を実感、就業規則などを明文化していきました。それでも産休・育休については、「実際に取得対象者が出るまではきちんと準備していなかった」そうです。 同社初の産休・育休取得事例は2002年、95年入社の女性社員でした。彼女が長男を妊娠した当時、同社ではまだ産休・育休制度が整っておらず、水野氏はこれを機に出産後1年半までの休業制度を導入しました。産休に入った後の代替要員については、さまざまな技術やノウハウを備えたパートナースタッフが多数いたので、ゼロから募集するのではなく長らく付き合いのある人材を雇うことができたそうです。 しかし、復帰時に問題が起きました。女性社員の側には出産後しばらくしたら職場に戻りたいという意思があったのですが、「公立保育園に空きがなく、近所にサポートしてくれる家族がいるわけでもないので、フルタイムで働くのが難しくなってしまった」のです。

多様な働き方への対応を準備

こうした事情を受け、水野氏は約1年後に時短勤務制度を導入。そして05年、再雇用という形でその女性を希望通り職場に迎え入れました。彼女は復帰後、まず本社での開発業務に携わりながら様子を見て、その後は出向先に常駐し、繁忙期などの山がない運用の仕事に時短で就きました。「周囲のサポートのおかげで、急な休みや早退などがとりやすかったし、その出向先(製薬会社)にも同年代の女性が多く、理解があり助かりました」と振り返ります。

「彼女に退職・復職と遠回りをさせてしまったことで、事前に社内制度を整えておくことの重要性を悟った」という水野氏。この事例以後、同社では産休・育休制度を利用するスタッフが数名続き、社会保険労務士の協力も得ながら社内制度の改良を重ね、もちろん法改正への対応も徹底しているそうです。現在はむしろ、多様な働き方を許容したいと企業側が考えても、法制度がそれに追いついていないことがあると水野氏は言います。「例えば来年、小学生の子どもがいる方を雇用する予定で、彼女は週20時間勤務を希望しており、こちらとしてはその条件で正規雇用したいと考えているのですが、それだと現行の法律では社会保険の要件を満たせずパート扱いになってしまうそうです。国にはそうした制度面からの働き方改革を推し進めてほしいと思います」と。そして今後、より多様な働き方が認められていく風潮の中、「男性の産休・育休取得事例が出てきたり、介護休暇の取得者が増えたりといった変化にも柔軟に迅速に対応できるよう、今のうちから準備を進めておこうと思います」と話しています。

オフィスの様子

オフィスの様子

従業員同士での和気あいあいとした交流の時間を大切にしている水野氏。写真は毎年夏恒例のバーベキュー

従業員同士での和気あいあいとした交流の時間を大切にしている水野氏。写真は毎年夏恒例のバーベキュー

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