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特集 SPECIAL FEATURE

「怒り」をコントロール!

アンガーマネジメントで
仕事が円滑に

コロナ禍による労働環境の変化や価値観の多様化、 パワハラ防止法の施行などを背景に、あらためてアンガーマネジメントが注目を集めています。 そこで、一般社団法人日本アンガーマネジメント協会の理事を務める戸田 久実氏に、 アンガーマネジメントの概要やポイントについてお話しいただきました。

アンガーマネジメントで<br>仕事が円滑に

©Pavel Vinnik/shutterstock.com

戸田 久実 氏

一般社団法人
日本アンガーマネジメント協会 理事

戸田 久実 氏

大学卒業後、(株)服部セイコー(セイコーグループ(株))にて営業、音楽関連企業にて社長秘書として勤務。現在は民間企業、官公庁を対象に「アンガーマネジメント」「アサーティブコミュニケーション」「プレゼンテーション」「インストラクター養成」「女性リーダー育成」など多岐にわたる研修や講演を実施。登壇数は4000を超え、指導人数は20万人に及ぶ。著書は中国、韓国、タイ、台湾でも翻訳出版され、累計25万部を超える。

コロナ禍を経て注目される
アンガーマネジメント

 コロナ禍以降、アンガーマネジメントへの注目度はますます高くなっています。リモートワークの普及によって、SNSやチャット、オンライン会議システムなどを使用する機会が急増し、対面でのコミュニケーションに慣れてきた人たちは特に多くのストレスを抱えるようになりました。

 また、一人ひとりの価値観が多様化してきたという背景もあります。終身雇用や年功序列といった従来の雇用体系が変化し、以前よりも個性的なキャリアの人たちが組織に加わり始めたことで、チームビルディングを進める際にもさまざまな軋轢が生じているのです。さらに、デジタルネイティブとして生まれ育ってきた若手社員(Z世代など)は物事の捉え方、考え方がそれ以上の世代と大きく異なり、ベテラン社員の多くが「阿吽の呼吸が通じない」と悩んでいます。

 こうした状況に加え、2020年にパワハラ防止法が施行され、2022年から中小企業にも適用されたことも、アンガーマネジメントのニーズを拡大させるきっかけになりました。実際、私のもとにも多くの企業から「どうすればパワハラと訴えられずに部下を指導できるか」という相談が数多く寄せられています。

怒りには自身を守る防衛感情としての
機能がある

 そもそも、アンガーマネジメントは1970年代にアメリカで開発されたメソッドです。2008年、後に(一社)日本アンガーマネジメント協会の代表理事となる安藤 俊介氏によって日本にもたらされました(同協会は2011年設立)。以来、日本アンガーマネジメント協会ではさまざまな企業・団体、教育機関などで研修を実施し、受講者数は延べ170万人に達しています。

 アンガーマネジメントは、「怒る必要のあることは上手に怒れ、怒る必要のないことは怒らないようになる」ことを目指す心理トレーニングです。こう説明すると「怒っていいんですか」と聞かれることがありますが、怒りは喜怒哀楽に数えられるように自然な感情の一つであり、それを完全に生活から切り離すことはできません。それに、怒りには防衛感情という大切な機能があります。私たちには、心身の安心、安全が脅かされそうになったとき、怒りをもって対応するという本能があります。階段を下りていて後ろからぶつかられたり、自尊心を傷つけられることをされたら、誰もが自然と怒りを感じると思いますが、まさにこれが防衛感情としての怒りなのです。

 怒りが生じる要因には「~すべき」という考え方との関連性があります。「べき」とは自分の理想や願望や期待、譲れない価値観を象徴するものであり、「べき」が破られると怒りが生じるということです。例えば「約束の時間は守るべき」「仕事の期限は守るべき」「脱いだ服はハンガーにかけるべき」というように私たちには様々な場面において大切にしている「べき」があります(図表1)。アンガ ーマネジメントは怒りと上手に付き合うための心理トレーニングですから、どのような「べき」が破られたら自分が怒りを感じるのかを把握しておくことも重要です。



怒りを上手にコントロールするポイント

 では、怒りをどうやってコントロールすればよいのかというと、まずは「6秒ルール」というものを覚えてほしいと思います。これは怒りを感じても6秒経てば理性が働くようになるという意味で、思わず怒ってしまうような出来事に直面しても、6秒だけやり過ごすことができれば、案外と冷静になれるというものです。怒りに任せて売り言葉に買い言葉のように反射的に言い返したり、物に八つ当たりをするなどの衝動的な行動をせず、6秒やり過ごしましょうということです。

 そして、6秒間をやり過ごす上でおすすめなのが「怒りを数値化すること」です。0点を「まったく怒りを感じていない状態」とし、10点を「絶対に許せないと思うくらいの激しい怒り」とした場合に、感じた怒りに点数をつけてみるのです(その他の基準については図表2を参照)。すると、意識がおのずと点数をつけることに向かい、怒りに任せた衝動的な行動をせずに、6秒間をやり過ごすことができ、さらに数値化で怒りを客観的に捉えることもできます。



 また、怒りを感じたことを記録していくと、自分の怒りの傾向と怒りの元になる「べき」を把握できるようになり、より客観的に怒りと向き合えるようになります。そうしたら、今度は自分の中にある「べきの境界線」を明確にしましょう。①まったく問題ない範囲、②許容できる範囲、③許せない範囲に分けてみるといいでしょう(図表3)。



 例えば「仕事の期限は守るべき」という「べき」を持っているとしたら、期日通りに依頼した内容が上がってくる場合は①、事前に連絡があった上で第三者に迷惑がかからないくらいの遅れが生じる場合が②、何の連絡もなく、遅れが生じる場合が③といった範囲分けができるかもしれません。こうすると自身の許容範囲が明確になり、怒る必要がないところで怒らないで済むようになります。ただし、③は完全にアウトなわけですから、適切に怒る(=叱る)必要があります。冒頭でも申し上げましたが、アンガーマネジメントにおいては「怒る必要があることは上手に怒る」のも重要なポイントです。中にはその日の気分によって、「べきの境界線」が揺らいでしまう方もいますが、それではどんなに真剣に叱ったとしても、相手に「今日は機嫌が悪いんだな」と思われて終わってしまう可能性があります。だからこそ、「べきの境界線」を明確にし、適切に叱るようにしなければならないのです。

適切な叱り方を共有しチームビルディングに活用

 ただ、適切に叱るといっても、人によって「適切」の加減は異なります。そこで、次に叱り方のポイントを紹介していきたいと思います。まず「なるべく早く」などの曖昧な言葉を使わないようにすることです。例えば「なるべく早く報告してください」と言っても、人によって「なるべく早く」の尺度はかなり違います。指示する側が「2、3時間後までに」と思っていても、指示された側は「1日後まで」、場合によっては「2、3日後まで」と捉えている可能性があるわけです。これでは指示した側が2、3時間後に声がけしても、「『なるべく』とのことだったのでまだ着手していません」といったことになりかねません。しかも、指示された側には何の悪気もないわけですから、それで叱られても腑に落ちず、お互いにストレスがたまってしまいます。

 また、「常識」や「普通」といった言葉にも要注意です。「普通~するべきだろう」と言っても、普通の尺度は人それぞれです。同様に「これくらい常識だろ」と言っても、常識の尺度も人それぞれです。安易に自分の中の「べき」を「常識」や「普通」といった決めつけるような言葉で言うのではなく、例えば「この期限を守らないことで、自社ならびに他社に迷惑をかけることになり、場合によっては数百万円の損失につながってしまいかねない」といった具合に、なぜ期限を守らないとダメなのかという理由を明確に示すことが肝要なのです。

 その他、仕事の仕方について「丁寧にしてほしい」「相手の立場になってほしい」「一生懸命に取り組んでほしい」といった言い回しを耳にすることがありますが、これらも具体性を欠いた表現と言えます。先述したように、相手と共通認識になる表現を用い、双方の認識のズレをなくすように心がけてください。特にZ世代の若者は「指示の理由や意味が納得できないと行動しない」という特性を持っているケースが見受けられるので、このあたりに注意するとよいでしょう。

 ちなみに、ここで示した「べきの境界線」や叱る表現の明確化は、個人のアンガーマネジメントのみならず、組織やチーム全体の価値観の共有にも有効です。チームのメンバーで互いにそれぞれの「べきの境界線」を話し合って、チームとしての境界線を設けてみるというのもいいでしょう。メンバーの「べき」や価値観について話し合うことにより、風通しの良い風土を醸成することができるはずです。特に春は新入社員が入ったり、異動があったりと、それぞれのチームの風土が揺らぎやすい時期でもあるので、ぜひアンガーマネジメントを切り口にチームビルディングに取り組んでいただければと思います。

パワハラをしない、させない組織をつくる

 他方、パワハラ防止法の施行以降、パワハラと言われないようにするための方法を相談されることが増えています。その対策の一つとして、最も大切なのが自身でパワハラの知識を持っておくことです。やみくもに「パワハラだ」と言う人がいますが、それが本当に厚生労働省が定義したパワハラに該当するのかどうかを正しく見極め、そうでなければ「パワハラではないよ」と毅然とした態度を示すことが大切です。反対に絶対にしてはいけないことも頭に入れておくべきです。

 例えば、時には部下が同じミスを繰り返し、ついつい言い方が厳しくなってしまうこともあるでしょう。しかし、どんな時にも「バカ」とか「仕事から外すぞ」とか人格を否定する言葉だけは使ってはいけません。そして、2つ目が過剰反応しないことです。売り言葉に買い言葉で「パワハラではない!」と語気を強めて返してしまうと、それがパワハラになってしまいかねません。こういう時こそ6秒ルールの怒りの数値化を思い出して冷静になり、「どうしてそう思ったの」と問いかけてみてください。相手がどう受けとめたのかもわかり、話し合う機会になるかもしれません。

 また、部下からは上司が感情的に叱責するという悩みを耳にすることがありますが、冷静な時に「バカじゃないのか!とまで言われると傷つくので、そこまでは言わないでほしい」と伝えるのも一案です。大切なのは「感情的に怒鳴らないでほしい」とは言わず、相手が言ったことに焦点をあてることです。もし、言ってもどうにもならない、耳を傾けてくれないと思う上司であれば、指導内容は受けとめ、表現の仕方は変えられないものと割り切り、上司に対してのストレス、怒りを大きくしないために何ができるかに目を向けるという選択もあります。

 このように、アンガーマネジメントは組織運営をスムーズに進めていく上でも非常に重要な役割を担っています。より詳細な内容やテクニックにご関心がある方は、ぜひ日本アンガーマネジメント協会にお問い合わせください。

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