ITツール活用とペーパーレス化がカギ
テレワークとオフィス出社、
働き方の新しい形を考える
コロナ禍を機に国内で急速に広がったテレワークですが、近年はコロナ禍が収束し、 各企業でオフィス出社の割合が再び増加しているようです。ただ、テレワークを実施・継続する企業と出社を 義務付ける企業では求職者の間で評価が分かれるとも言われています。中小企業は人材採用と業務の効率化において、 テレワークをどう捉えるべきなのでしょうか。テレワークの現状や課題と考えられていること、そして導入時のポイントなどについて、 一般社団法人日本テレワーク協会の村田 瑞枝事務局長に伺いました。
テレワーク導入のメリットと国内外の動向を解説
テレワークの導入には多くのメリットがあります。具体的には「人材の確保」「生産性・効率性の向上」「事業継続性の確保」「営業効率・顧客満足度の向上」「デジタル化の推進」「コスト削減」「企業のブランドイメージ向上」などが挙げられます。ですが、これだけ多くのメリットがあり、近年は求職者からのニーズが高まっているにも関わらず、国内ではテレワークがなかなか浸透しないどころか、取り止める企業もあります。まずはその背景を説明したいと思います。
テレワークの実施率はコロナ禍を境に都市部で急速に高まり、図1を見てみると、コロナ禍以前は24・0%だった実施率が緊急事態宣言期間においては65・0%に達しています。コロナ禍が収束してからは徐々に減少していますが、それでも43・4%とかなり高い数字を示しています。しかし、地方におけるテレワーク実施率は低く、地域別の雇用型テレワーカーの割合を見ると、令和5年度の首都圏の数字が38・1%であるのに対し、地方は16・3%となっています。また、企業規模による差も大きく、1000人以上の企業が令和5年度で34・5%であるのに対し、1~19人の企業では15・0%となっています。このように地方と小規模企業で導入に遅れが見られるテレワークですが、その継続希望率は上昇傾向にあり、8割以上の求職者がテレワークを希望しています。希望者は増えているのに、地方と小規模企業を中心に実施企業が減っているのが今の日本の現状です。
特にテレワークの継続を希望しているのは若者たちです。学校教育の現場でもオンライン授業のニーズがより高まっており、それに慣れた学生たちは将来、就職先としてテレワークができる会社を選択するようになるでしょう。
また、米国やドイツ、中国などと比べると、日本はテレワークの導入に後れを取っています。先日、日本のGDPを抜いたドイツを例に見ると、あるスポーツメーカーでは勤務時間の20%をオフィスの外で過ごしていいことになっていますし、ある自動車メーカーでは3分の2の従業員は例外を除き、自宅で働く〝権利〟を有しています。まさにテレワークといった多様な働き方を認めることで、労働生産性を高め、GDPの押し上げに成功しているのです。
対する日本は依然として多様な働き方が認められていません。家庭の事情などで短時間勤務を希望する人材の求人倍率は0・3倍程度とフルタイムの求人の6分の1ほどです。こうしたギャップをテレワークで埋めることができれば、地方においても人手を確保しやすくなるのではないでしょうか。
コミュニケーションの不安はITツールで解決
ではなぜ日本ではテレワークが浸透しないのでしょうか。その理由としては、「コミュニケーション不足でメンタルが不調になる」「イノベーションに必要な創造的なコミュニケーションが取りづらい」「雑談ができないため社内コラボレーションがしにくい」といったものがあります。
こうして見ると、コミュニケーションに不安を感じている企業が多いことが分かります。また、依然としてテレワークを取り止める企業が増えている背景には、ジェネレーションギャップがあるように感じています。若者はチャットツールをはじめとしたITツールを難なく使いこなせますが、中高年になると使用できる人とそうでない人が明確に分かれてきます。そして、ITツールを使いこなせない人たちの多くが「テレワークによってコミュニケーション不足が生じる」と強調する傾向がみられます。
ですが、実際にはITツールを使いこなすことでそういった点はカバーすることができます。例えば、コミュニケーションに不安を感じるのであれば、チャットツールを活用する方法があり、出退勤時の連絡や業務に関する質問、資料の提出とフィードバックなどを全てチャット内で完結できる仕組みを整え、コミュニケーション不足を解消していくことができます。どうしても直接話して相談したいことがあれば、職場内で「今通話よろしいでしょうか」といった事前連絡抜きにビデオ通話ができるルールを設けるなど、コミュニケーションが取りやすい環境を整えるのも有効でしょう。ある企業では勤務時に部署のグループ通話を常時接続することで、メンバーの雑談や質問などに対応しやすくし、コミュニケーション不足を解消しています。そのためにもまずは経営者がITツールへの抵抗を無くし、中高年の社員に積極的にチャットツールを使用するよう促すことが重要になります。
逆に、一体感の醸成を目的に、オフラインでのコミュニケーションを図りたいときは、社内交流会や勉強会、食事会など、出社しないと体験できないであろう行事を企画し、「この日は出社」という目的をつくればテレワークメインの従業員も出社をいとわないでしょう。
中小企業がテレワークを導入するには
テレワークを導入する上で、企業規模の大小は問題ではありません。肝心なのはITツールを活用できる環境をつくることです。そのためにまずは各社員の業務の棚卸しを進めましょう。属人化・ブラックボックス化してしまい、担当者でないと全容を把握できない業務はありませんか。業務効率化と今後の引き継ぎも見据えると、この作業は必須です。各自の持つ顧客情報や作業工程などを細かく整理することで、どこにどんなITツールを差し込めば業務を効率化できるか、スムーズに業務を引き継げるかが見えてきます。
もう一つ欠かせないのがペーパーレス化です。業務において紙ベースの作業、出社前提の作業(承認・決裁、請求書発行、FAXの利用など)がある場合、まずはクラウドサービスなどを活用し、ペーパーレス化を進めなければなりません。ある企業は紙文化が色濃く残る乱雑なオフィスだったそうで、社員のモチベーションの低下を問題視し、2012年頃から業務改革に取り組みました。ペーパーレス化の推進とともにテレワークによる働き方改革を進めたところ、残業が激減し、有給取得率が激増、女性社員数が3倍になるなど、ポジティブな変化が現れました。
しかし、先ほどの例に倣おうとただ闇雲にキャビネットの中の書類をスキャンし、サーバーへ格納しても、どこに何が入っているか分からなくなるといったことになりかねません。それに備えて必ずフォルダ分けのルールを設けるなどしてください。より詳細なノウハウが必要な場合は専門家のサポートを検討してみるとよいかもしれません(カコミ記事参照)。
先ほど出退勤の管理にチャットを活用することについてご紹介しましたが、このときに作業計画メモ(図3)も活用すると効果的です。部下に業務開始前には作業計画、終業時には成果を記載してもらい、上司がそれを確認する。これにより、上司は部下の作業状況が日ごとに把握できるので、指導内容の向上と効果的な育成も可能になります。さらに、人事部などとも成果メモを共有することで、テレワークにおいても納得感のある人事評価を下せるようになるはずです。
その他、テレワークではサイバーセキュリティ対策も重要になります。特にセキュリティ対策状況、データの不正な持ち出し、業務実施状況などをしっかりと把握し、人為的なミスを未然に防がなければなりません。パソコンのセキュリティ管理については、①ログ管理②電源管理③ソフトウェアのバージョン管理④セキュリティパッチの適用があります。
①についてはPCの操作、認証、通信履歴などを収集し管理することを意味し、従業員の勤務状況の管理などに役立ちます。②は電源オプションを適切に設定することでシステム運用中に不要な機能をオフにして外部からの不正アクセスを予防、第三者による不正利用を事前に防ぐことができます。③はバージョンアップとともにメーカーは旧バージョンへのサポートを終了することがあるため、サポートを受けられなくなるリスクを減らすには必要な作業です。④は③と同様にベンダーが配布するセキュリティにおける脆弱性を補填する仕組みです。これらを徹底すれば、テレワークにおいてもセキュリティリスクをかなり軽減できるはずです。また、その際にはヒヤリハットを共有することも効果的です。
テレワークとITツールを上手に使いこなす!
余談ですが、製造業や農業などの現場ではスマートゴーグルが活用されています。これは高齢の技術者が若手技術者の指導をする際にスマートゴーグルを活用すれば、高齢の技術者は無理に現場へ行かずとも、遠隔でかつ在宅で若手指導に専念することができます。会社としても既存社員の活用が叶い、新たに人材を採用するコストも抑えることができます。珍しい事例ですが、ITツールを上手く活用すれば、ここまでのことができるようになります。
テレワークとITツールの活用は出社や営業に関する移動コストを抑制できる他、遠方または在宅を余儀なくされている、もしくは副業・兼業希望の求職者など、多様な人材をスポットで活用できるため、企業としても人件費などの削減につながります。
テレワークの本来の意味と日本テレワーク協会の方針
テレワークというと、多くの方は「自宅でのリモートワーク」をイメージされるかもしれません。ですが、テレワークとはそもそも「tele=離れたところで」と「work=働く」を組み合わせた造語であり、「情報通信技術(ICT)を活用した、場所と時間にとらわれない柔軟な働き方」のことを意味します。ドローンを活用した農薬散布や、運送業におけるITを活用した点呼確認(による直行直帰)など、その可能性はまだまだ広がっています。
当協会はテレワークに地方創生や働き方改革を実現する可能性があり、多様な働き方を受け入れることで、従業員のモチベーションやロイヤルティを高める効果があると考えています。税理士の皆様にはぜひとも顧問先にテレワークの導入を促していただき、その経営改善に役立てていただければと思います。