令和6年度税制改正で今注目の制度に着目
「えるぼし」「くるみん」認定の
意義と取得のメリット
令和6年度税制改正によって賃上げ促進税制が強化され、「えるぼし」「くるみん」認定を受けている 中小企業に税額控除率が5%上乗せされることになりました。そこで、今号では「えるぼし」「くるみん」認定の概要をはじめ 中小企業が認定を受ける際のメリットや制度上の課題、税制面の仕組みなどについて、 MJS税経システム研究所 客員研究員の西野 道之助先生と加藤 千博先生に解説いただきました。

「えるぼし」「くるみん」のメリットとデメリット
「えるぼし」「くるみん」認定にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
加藤 千博先生(以下、敬称略) この2つの認定は2016年に施行された女性活躍推進法に基づいて設けられたもので、私としては大きく4つのメリットがあると考えています。1つ目は採用力の向上です。人手不足が深刻化している中、この認定を活用すれば、女性や若者たちに自社の職場環境をアピールすることができます。現にハローワークの方にお話を伺ったところ、こういった認証を取得している事業者ですと応募者数がかなり増えるとのこと。認定企業に使用が許可されているロゴマークをホームページやパンフレット、求人票などに掲載すれば、さらに効果的にアピールできると思います。

(右上)「トライくるみん」の認証マーク
(右下)「プラチナくるみん」の認証マーク
(左上)「えるぼし(1段階目)」の認証マーク
(左下)「えるぼし(2段階目)」の認証マーク
2つ目は社員の定着率の向上です。「えるぼし」にしても「くるみん」にしても働き方改革に根差した認定となっており、認定を受けるには「労働時間等の働き方」などの認定基準を満たす必要があります(上図参照)。つまり、認定を受けられるレベルに達することができれば、働き方改革も成し遂げることができ、社員の定着率を向上させることができるのです。
3つ目は社会的な信頼の向上です。「働きやすい環境」ということで政府のお墨付きを得られるわけですから、おのずと多方面からの信頼を得やすくなり、金融機関や取引先との交渉やブランディングなどの面で、一定の効果を上げることができると思います。
そして、4つ目が令和6年度税制改正によって税額控除率が5%上乗せされることになった点です。おそらく経営者の皆さんが最も注目しているのはこのメリットであり、そのために「えるぼし」「くるみん」認定を検討されているところも多いと思います。
一方のデメリットについては、「女性の活躍推進企業データベース」に実績を公表しなければならないなど、手間とコストが継続的にかかることが挙げられます。認定基準の利点を享受できない社員(単身者など)が多い場合は、先に述べたメリットが手間やコストに相殺されてしまいかねません。


西野先生は「えるぼし」「くるみん」についてどのような印象をお持ちですか。
西野 道之助先生(以下、敬称略) そもそも「えるぼし」「くるみん」のことをご存じない方もたくさんいると思います。私自身、お恥ずかしながら2023年12月に閣議決定された令和6年度税制改正大綱で初めて「えるぼし」「くるみん」という制度を認識しました。この税制改正において賃上げ税制が強化されたことに関連して、中小企業が「えるぼし」(2段階目以上)や「くるみん」の認定を受けた場合、税額控除率が従来の最大40%に5%プラスされることになった他、5年間の繰越控除制度が設けられ 、その適用期限が3年延長されました。これは実に画期的な改正だと考えております。
人手不足が慢性化する中でいかに認定基準を満たすか
現状、どのような企業がこれらの認定に注目しているのでしょうか。

加藤 やはり採用力の向上を目的とした企業が認定取得を検討しています。私の関与先では男女比が4:6くらいのビルメンテナンス会社が取得を検討しているところです。同社は清掃の大部分を女性が担っていることに加え、マンションの管理人の高齢化が進んでいることを憂慮し、もっと女性や若者を集めたいと考え、「えるぼし」「くるみん」に注目したのです。確かに、女性や若者にとってビルメンテナンスという職業は3K(きつい、汚い、危険)のイメージが根強いので、この認定を受けることができれば、そのイメージを少なからず払拭することができるかもしれません。ただ、認定を受けるにはさまざまな認定基準を満たす必要があり、その中でも同社は、時間外労働の圧縮に頭を悩ませています。人手不足が課題になっている中で、時間外労働を圧縮しなければならないというオーダーはかなり過酷と言えます。
その条件は同社に限らず、多くの企業にとって障壁になりそうな課題ですね。
西野 前事業年度と比較して従業員に支払う給与などは増加したというデータが出ていますが、その要因のひとつに、残念ながら、残業による手当の増加も含まれていると考えられます。つまり、人手が足りない中で仕事が増え、結果的に残業が増え、給与が増えたという企業や事業所が増加しているのではないかということです。こうした状況にあって、時間外労働を圧縮するのはなかなか難しいことですし、「えるぼし」「くるみん」の認定を受けるには、会社単独ではなく、加藤先生のような社会保険労務士の指導を受けながら、取り組みを進めていく必要があるのではないでしょうか。
そういった状況下にあって、どのような企業であれば認定を受けることができるのでしょうか。
加藤 既に働き方改革や女性にとって働きやすい環境づくりを実施している企業であれば、認証をスムーズに受けられると思います。私の関与先の例だと、女性スタッフを多数雇用している整骨院などが挙げられます。以前からフレックスタイム制度を導入し、職場に子どもを連れてくるのを許可するなど、女性にとって働きやすい制度を充実させていたので、それらを就業規則に落とし込むことで、認定基準を満たせました。今まさに申請の準備を進めているところなのですが、こういった条件をお持ちで、既に何かしらの取り組みを進められている企業・事業所であれば、早い段階で認定を受けられると思います。
しかし、実際には現時点で「えるぼし」「くるみん」の認定基準を満たしている企業はそう多くはありません。もし認定を目指すのであれば、西野先生がおっしゃったように、まずは働き方改革を着実に進めることです。時間外労働に関しては、業務内容の見える化などを積極的に図ることで、「残業を減らす」という意識の共有と業務の効率化を同時に進めていただくことが重要です。
税額控除によるメリットや条件の精査も肝要
認定を進めるにあたって、税理士の先生方が活躍できる場面はありそうですか。

西野 基本的には社会保険労務士の先生方の職域になると思います。ただ、私たち税理士は中小企業にとって最も身近な相談相手ですので、潜在的なニーズがある企業に対しては、「えるぼし」「くるみん」という認定制度があることをお伝えしていかなければならないと思います。また、「えるぼし」「くるみん」に関する税制優遇についても理解を深め、社会保険労務士の先生方と連携しながら認定の成果を適切に出せるようにしていかなければなりません。
どのような点の理解を深める必要がありそうでしょうか。
西野 「えるぼし」「くるみん」は賃上げ促進税制においてもインパクトのある認定制度となりましたが、賃上げをすれば当然、その分だけ経費が利益を圧縮しているわけで、「えるぼし」「くるみん」の認定によるメリットを享受できるかということをしっかりと突き詰めて考えなければなりません。このあたりは経営にもダイレクトに影響することなので、社会保険労務士の先生方と協力しながら精査し、企業にとって本当にメリットがあるのかを検討していかなければならないと思います。
今後、「えるぼし」「くるみん」に関する相談は増えていきそうですか。
加藤 税制面でのメリットが増えたこともあって、「えるぼし」「くるみん」に関する問い合わせは少しずつ増えてきています。なお、そういった問い合わせをしてくる企業の多くは既に働き方改革を実践しているところであり、その動きを促進する上でも「えるぼし」「くるみん」を活用したいと考えているようです。
会計事務所の先生方に対して、メッセージがあればお聞かせください。
西野 中小企業は「えるぼし」(2段階目以上)か「くるみん」の認定を受けていれば、税額控除の上乗せ措置を受けられるわけですが、条文をよく読んでみると、適用事業年度に認定を取得することが条件になっています。つまり、前事業年度の認定では、上乗せ措置を適用することができないのです。では、より長期にわたって税額控除を受けるにはどうすればいいかというと、「プラチナえるぼし」「プラチナくるみん」という上位の認定を受ける必要があります。このあたりを読み違えると、上乗せができないこととなるため、アドバイスの際には十分に注意する必要があると思います。

そういう意味では認定を受けるタイミングも重要になりますね。

加藤 先ほどの整骨院の事例のように、既に体制が整っているところについては1年程度で認定を受けられると思います。ただ、そうでないところは働き方改革などから着手する必要があり、数年単位の取り組みが必要です。税額控除を目的とするのであれば、かなり綿密な計画に基づいて準備を進めなければなりません。
このように「えるぼし」「くるみん」認定にはかなりのハードルがあるので、認定基準を満たしていない企業は無理に認定を目指すのではなく、現実的に可能な範囲から働き方改革や女性が働きやすい環境づくりを進めていただければと思います。
「えるぼし」「くるみん」認証についての理解が深まりました。本日はありがとうございました。