志ある事務所同士で力を合わせ
税理士の広域連携体制を構想
各地の税務署に勤めた後、地元・鹿児島に戻り開業した小川 廣之先生と税理士会での活動を通して顧問先開拓を進めた桑原 鉄也先生。このお二人の会計事務所は共に鹿児島市高麗町にある4階建てのテナントビルに入居しており、互いに交流を重ねながら、顧問先支援に取り組まれています。 お二人は、九州全域を今のテナントビルに見立て、域内のMJSユーザー同士のネットワーク拡大と顧問先のフォローアップ体制の確立を目指していくといいます。お二人にその詳細を伺いました。
高麗町のテナントビルに世代の異なる税理士が交流
今回、2事務所合同でお話を伺わせていただきます。まずは小川先生と桑原先生のご関係からお聞かせください。

「『経営者は孤独』という認識を持ち、税理士が
悩みを受け止め、支援することが重要」と小川先生
小川 廣之先生(以下、敬称略) 最初の出会いは、私が南九州税理士会鹿児島支部の税務支援対策部長として小規模事業者向けの税務支援を展開していた頃になります。当時、税援部は国税OBの先生だけが所属しており、平均年齢も60代超と高齢でした。若手をメンバーに加えようと画策していた最中、桑原 鉄也先生を見つけ、声をかけたのが始まりでしたね。実を言いますと、桑原先生のことは以前より存じておりました。九州ミロク会計人会鹿児島地区会の初代会長であり、鹿児島で全国統一研修会が開催されたのを機として会長を退かれたのが桑原先生の叔父さんでした。ミロクとの縁があったわけです。
桑原 鉄也先生(以下、敬称略) 私は資格取得後、30代前半で開業したのですが、当初はなかなか顧問先を増やせず苦労しました。そんな折、小川先生からのお声がけで税理士会の活動に加わり、他の士業の方たちとの交流ができ、そのネットワークを通じて徐々に顧問先を増やしていくことができました。また、実務面では税援部に在籍されていた国税OBの先生方から税務署側の考え方や税務調査時の狙いなど、実践的な知見を教わりました。当時の学びは今の顧問先支援にも生きています。
小川 こうした縁もあって、私がこのビルのオーナーからビル全体を賃借し、事務所を構えた時、「2階に入居しないか」と桑原先生を誘ったのです。そして、桑原先生が入居され、その後は空室だった1階にも別の税理士が入居し、ビル丸々1棟が会計事務所となり今に至っております。
桑原 小川先生とは平時より交流を重ねておりますが、特に税理士になりたての頃はまだ税務調査対応にも不慣れで、国税OBのノウハウをお持ちの小川先生に助けられてばかりでした。税務調査の経験談と対応するお客様の状況に近しい調査事例を紹介・解説いただけたおかげで、私の窮地を幾度となく救ってもらえたと感じています。現在も1階の先生を含めて交流を続けており、新規のお客様が来訪した際も、自分一人で囲うことはせず、お客様と相性のいい先生とマッチングできるよう互いに相談してご案内に努めています。
税理士から対話の機会を創出数字を詳細に伝える意義とは
改めて、それぞれの事務所の職員数や顧問先の特徴などを教えてください。
小川 私は2005年に開業しました。以来、概ね5名ほどの職員と一緒に業務に携わってきております。顧問先は鹿児島市内を中心に約50件、建設業や病院、家具や焼酎などのメーカー、広告などのサービス関連業、社会福祉法人・NPO法人などがあり、業種に偏りなどはありません。地元に長く根づいている事業者も多く、最近は事業承継の案件に時間を割くことが多くなっています。
桑原 私の開業は2009年で、現在の顧問先数は80件ほど。小川先生同様、鹿児島市内のお客様が中心です。来る者拒まずの精神で分け隔てなく相談に応じており、スタートアップ、飲食業、建設業まで幅広い業種・規模の事業者様と顧問契約を結ばせていただいております。
顧問先指導で意識していることがあればお聞かせください。
小川 「関与先を指導する」という概念を持ったことはありません。あえて言うなら、税務署から重加算税を賦課されないよう伝えている点でしょうか。若い頃、職場の先輩から「経営者は孤独な存在なり」「雑談の中にシンイあり」、これを理解することが「不正発見の極意」だと教えられたのが、半世紀たった今でも頭の中に残っています。せっかく関与先を訪問してもただ「雑談」だけで事務所に帰ってくることもあって、職員にあきれられることも少なからずあります。
大なり小なり経営者の頭の中は、事業のことでいっぱいです。特に創業者ともなれば、会社に対する愛着心は思う以上に強く、資金繰り、後継ぎの力量に対する不満、財産の分与、家族内の不和など、社内の人間に明かしづらい悩みを多く抱えていたりもします。ですので、私はまず、雑談の中で経営上の悩みをそれとなく引き出して解決に繋げ、企業の存続に結び付くことを意識しています。

「経営状況を肌で理解できるようになってほしい」
と指導方法を解説する桑原先生
桑原 私はまず、お客様に自分の会社の経営状況を理解いただくため、常に数字を整理してお伝えするようにしています。また、顧問先には飲食事業者や小売事業者の方が多いので、商品の売値、利幅、原価、人件費、家賃などをできる限り具体的に数値化して解説しています。
こういった支援を繰り返しますと、お客様が自社の経営状況を徐々に肌で理解できるようになります。お客様が今この瞬間にどの程度利益を上げているのかが体感的に把握できるようになると、例えば飲食店でしたら「1日お客様が何回転すると利益を確保できるのか」が感覚的に分かるようになってくるのです。
また、新規のお客様には、必ずA4用紙に「自分が何年後にどうなりたいか」という簡単な目標を書き出していただいています。ざっくりと経営の方向性を決めていただくのですが、私からこの年表についてとやかく指摘することはなく、お客様が何か新しい事業を始めようとする際など、重要な決断をするときに「以前書き出した目標に合っていますか」と確認するくらいです。初心に帰っていただくこともそうですし、お客様のモチベーションを奮い立たせる際に役立てたいという考えからこの取り組みを続けています。
九州全域のMJSユーザーの交流を深めて強みに
最後に展望をお伺いしたいのですが、お二人は九州全域のMJSユーザーと交流を深めたいと耳にしました。その真意はなんでしょうか。

小川先生、桑原先生はもちろん、1階の税理士先生とも
交流があるといいます(写真は桑原鉄也税理士事務所)
小川 鹿児島支部内はもちろん、県内各地でも高齢化により事務所の廃業を考えている税理士は増加しています。そうした税理士が突然廃業した場合、事務所の関与先は新たな税理士探しに不安と苦労とを抱えることになります。また、特例措置を用いて事業承継手続きを行った場合、制度の複雑さから企業と税理士の双方において長期にわたってリスクを負うことになります。資格を取って新規に開業したい税理士とそろそろ引退を考えている税理士とを、関与先を中心としてうまく橋渡しをする仕組みづくりが必要なのではないかと考えています。その手段の一つとして、県内各地のあまり欲のない税理士同士で連携して、先に税理士法人を立ち上げ、新規に開業したい税理士を募るなどして企業の存続に役立てたいと思っております。
今後、交流範囲を広げながら仲間集めをしていきたいですね。
桑原 南九州エリアはMJSとは別の会計ソフトユーザー会の結束力が全国でみても非常に強く、個々の会員同士の関係も強固だと聞きます。私たちもミロク会計人会の一員として、MJSユーザー同士の交流を積極的に進めて、結び付きを強くしていくことが急務だと考えています。その第一歩として先般、小川先生と私、MJS鹿児島支社と共同で鹿児島県と宮崎県のMJSユーザーに向けた研修会と懇親会を開催しました。
会は好評で第2回の開催も決まりました。いずれは九州全域に同様の取り組みを広げ、情報交換や案件の紹介などを相互にやり取りできる連携体制を構築していきたいです。
MJSユーザーによる九州連携構想とは新しい視点ですね。今後の活躍をご祈念いたします。
History & Story税理士までのあゆみ
小川 廣之先生
小川先生は高校生の頃に教師のすすめで、税務署職員を志しました。銚子税務署(千葉県銚子市)でデビューし、京橋税務署(東京都中央区)へ異動後は明治大学 商学部商学科の夜学に通い、学びを深めたといいます。東京都内各地の税務署で間接諸税や法人税担当、総務係長などを経験し、1996年に地元・鹿児島へ帰郷。その後、税理士となった元同僚の話を聞き、2004年に退職して税理士登録し、現在に至ります。
桑原 鉄也先生
元々はスポーツトレーナーを目指していたという桑原先生。高校3年生の時、既に亡くなっていた祖父がかつて数多くの地場企業経営者の顧問会計士として活躍されていたことを知り、「税理士・公認会計士を目指そう」と思い立ったといいます。大学に進学、勉学の末に税理士資格を取得し、地元の会計事務所で経験を積み、2009年に開業されました。その後、縁あって小川先生の声がけで同じビル内に事務所を構え、現在に至ります。
小川廣之税理士事務所/桑原鉄也税理士事務所

- 所在地/
- 鹿児島県鹿児島市高麗町32-21 高麗ビル(共通)
- TEL/
- 小川廣之税理士事務所:099-250-0105、桑原鉄也税理士事務所:099-801-9090
- 設立/
- 小川廣之税理士事務所:2005年、桑原鉄也税理士事務所:2009年
- 職員数/
- 小川廣之税理士事務所:5名、桑原鉄也税理士事務所:4名
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鹿児島の名酒、名店
「六代目百合」

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鹿児島県薩摩川内市から西方に約26㎞、東シナ海にある「甑島列島(こしきしまれっとう)」は、上甑島(かみこしきしま)、中甑島(なかこしきしま)、下甑島(しもこしきしま)の3つの島を指します。列島北部、上甑島にある塩田酒造は、江戸時代・天保年間に創設された老舗蔵です。同蔵では家庭料理の延長線で女性が酒造りを担い、6代目の塩田 将史さんも祖母(4代目)から技を受け継ぎました。「曾祖母によると、昔は『通い瓶』といって、島民が酒を求めて訪ねてきた際、玄関先に置いてある酒の甕(かめ)から、島民が持ってきた壺などに酒を汲み入れて渡していたそうです」と塩田さん。長い時間をかけて丹精した酒造りの全ては、看板銘柄の「六代目百合(ろくだいめゆり)」に注がれています。同蔵では「一蔵一銘柄」の方針を掲げ、この1本だけを造り続けています。「料理の味を壊さない、究極の食中酒を目指している」と塩田さんが話すこの「六代目百合」、造り方は昔ながらの常圧蒸留、過度なろ過は行わず、熟成中にタンクの表面に浮く油成分だけを丹念にすくい取るなど、手間暇をかけて仕上げています。毎日の晩酌に欠かせないという熱烈なファンも多いそう。品質管理を徹底するため、取り扱い方法や酒造りの工程をしっかりと理解してくれる特約店にのみ酒を卸し、信頼関係を築いています。「蔵に電話(09969-3-2006)していただければ、お住まいの地域で『六代目百合』を扱っている酒屋さんをお伝えします」と塩田さん。まろやかで飲みごたえのある芋焼酎は、蔵元の心意気が伝わる逸品です。


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鹿児島市内の中心繁華街・天文館にある「とまや」は地魚、有機野菜、日本酒がメインメニューの居酒屋です。店主の大脇 孝一郎さんは鹿児島大学水産学部の出身で、大学院時代、論文を書くため「毎日、海に潜って魚の行動観察をしていた」という経歴の持ち主。45歳でお店を立ち上げるまではクルマエビの養殖技術者として、全国各地で海産物の取引をしながら、いろいろな魚を食べてきたといいます。そのような経験から「魚料理はシンプルに味わうのが一番」と大脇さん。「とまや」のメニューは刺身、煮魚、焼き魚など素材を活かした味つけで、魚そのもののおいしさを味わえるように調理しています。そんな同店ならではのユニーク食材が、鹿児島近海で獲れる「深海魚」。「未利用魚を活用して漁師さんを応援したい」という思いから、1尾200gほどの大型メヒカリやタカエビ、ボウズコンニャクなど、普段の食卓ではなかなかお目にかかれない魚も積極的に取り扱っています。「深海魚がこんなにうまいなんて知らなかった」とお客様から驚かれることも多いそうです。鹿児島の魚のおいしさと魅力を伝える名店です。