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九州会独自企画

2025年02月号

TSMCの熊本県内への影響

台湾積体電路製造(TSMC)の熊本県への進出は、熊本県内の経済や雇用創出に多くの影響を与えているとされています。 そこで、今号ではTSMCが進出した影響、今後の展望などについて紹介します。

PART1
TSMC進出の期待と懸念「100年に一度の大変革」を乗り越えろ

TSMCの進出で熊本県の半導体産業集積が加速


 TSMCが熊本県への工場進出を正式表明したのは2021年11月のこと。以降、TSMCの子会社であり、熊本工場を運営するJASMは22年4月から第1工場の建設工事を開始し、24年12月には製造・出荷をスタート。その設備投資額は膨大で、24年2月に発表された第2工場建設を含めると3兆円を超えます。

 TSMCの進出に合わせて、熊本県内では半導体サプライチェーンを形成するための関連企業の集積が進んでいます。事実、直近の当研究所の調査によると、半導体関連企業の進出や設備投資、その他事務所設置などが確認された情報は171件と、23年8月の調査の約2倍に達しています。代表的なところでは、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングが第2工場の設備投資を決め、24年4月から建設を始めている他、三菱電機も菊池市の工場に製造機器を設置し、新たに25年11月から生産開始を予定しています。

 また、TSMC進出の経済波及効果は22年から31年の10年間累計で約11・2兆円(図1参照、23年8月の試算より約1・6倍)となっています。図2にある通り、TSMCをはじめとした半導体関連産業の集積は県内の電子部品産業の他、対事業所サービスを活性化させますし、生産開始前においても、工場の建設や機械設備への投資などの活動を通じて、地域経済に大きな影響が及んでいます。

グローバル企業に適応できる競争力の向上が急務

 一方で熊本県における電子デバイス部門の原材料・機械装置などの県内調達状況は金額にして228億円と推計され、割合は全体の24%に留まっています。また、JASMの主な調達先も熊本県外と想定され、この割合を高めることが今後の課題と言えます。その他、JASMの給与水準が高いこと、建設などの投資がまだまだ活況にあることから、九州全体で人手不足に拍車がかかるのではないかという懸念もあります。実際、建設に関しては県内よりも県外企業の参入が目立ちます。JASMの待遇が良いことから、菊陽町に隣接する大津町では「宿泊施設の従業員がJASM内の清掃業務に転職した」「定期採用できていた高卒の新入社員を確保できなくなってきた」という話もあります。

 もう一つの懸念点は、土地利用の変化に伴う地価の高騰です。これに関しては、農業用地の割合が減り、工場向けの土地の割合が増えてきています。もしそうなれば、全国でも上位の農業産出額を誇ってきた熊本県も急速な農地の減少で、その基盤が揺らぐ可能性があるでしょう。また、地価の高騰はその他の産業にも影響を与えており、飲食店や小売店が菊陽町を出て熊本市内で営業を再開するといった事例もあります。これは土地代の高騰に伴うテナント代、人件費の上昇が影響しています。

 このようにいくつかの懸念点があるものの、先述した経済効果に加え、人口や交流人口が増加することは地域経済にとって大きなプラスになることは間違いありません。また、JASMが順調に稼働することで、熊本が国内・世界における半導体集積の先進地となり、さらなる地域経済の好循環を生むことになるでしょう。

 問題はそのメリットをいかに最大化し、「100年に一度の大変革」として世界に誇れる成功事例としていくかです。熊本県は23年に「くまもと半導体産業推進ビジョン」を、九州経済連合会では24年7月に「新生シリコンアイランド九州グランドデザイン」を策定しました。今後はこうした中長期的なビジョンに向け、産学官金で具体的な手を打つ必要があるでしょう。

 個別の企業についても、TSMCをはじめとしたグローバル企業に適応できる競争力を身につけることが肝要です。先述した人件費の高騰に関して、当研究所が24年に実施した調査では、従業員規模が30名以下の事業所でベースアップを実施したところは5割弱に留まっており、実施しないとしているところが3割に及んでいます。

 事業規模によってベースアップが厳しい面は否めません。そこで、税理士の皆様には、九州の経営者の方々に、この転機を自社の成長のチャンスと捉え、変化に挑戦するマインドを持てるよう導いていただきたいです。何より、企業の国際競争力の向上、TSMC進出によるメリットの享受以外にも、これを機に投資を進める企業は将来的に業務の効率化、ベースアップによる優秀な人材の長期定着、経営体力の増進などが期待できます。加えて、企業体力の向上を足掛かりに菊陽町、熊本県、隣県へと地域経済を活性化させ、九州全域の成長につなげていくことができます。

 最後に、熊本県の企業には熊本地震やコロナ禍を乗り越えてきた経験があります。いつか熊本県の事例が一つのモデルケースとなり、他県においても、グローバル企業の進出を契機としたより広域な経済の発展と活性化が進んでいくことを期待しています。


PRRT2
九州が一致団結して半導体サプライチェーンを構築できるか

TSMC取引先関東が最多229社

 当社の調査によると、TSMCやJASMなど同社の日本法人(グループ)、さらにはJASMの熊本工場に隣接し、スマートフォンなどに使われる画像センサーを生産するソニー半導体グループ関連企業と取引を行う企業の数が全国に471社あることが判明しました(21年11月時点と比べて44社、10・3%増加)。このうち、取引先別ではTSMCグループを取引先とする企業が74社、ソニー半導体グループと取引を行う企業が412社で、双方と取引をする企業も15社ありました。TSMC向けの取引社数は伸び悩んでいるものの、ソニー半導体グループ向けの取引は大幅に伸長した形となります。

 ちなみに、取引企業を業種別に見ると、製造業が152社と最も多く、次いで卸売業(140社)となっています。21年の調査時と比べて最も増加したのはサービス業(131社)で、22社、20・2%の大幅増加となっています。また、サービス業の内訳を見ると、受託開発ソフトウエアや労働者派遣、機械設計業が多く、その取引内容では大規模集積回路(LSI)の設計・開発業務の受託、技術セールスパーソンをはじめとした人材派遣が目立ちました。

 しかし、取引企業の立地に着目すると、最も多いのは関東(229社)で、九州は全国で2番目に多い153社に留まっています。しかも、九州は21年時点の調査から6社、4・1%の増加に留まっており、関東の35社、18%増に比べると伸び率が低水準です。関東の企業の取引内容が半導体素材の提供や電子部品、半導体部材の生産装置製造といった半導体サプライチェーンの一端を担うものになっている一方、九州ではプラント建設の他、廃水処理、クリーンルーム用品など消耗品(サプライ品)の供給が主になっている点も気がかりです。

 もっとも、熊本県も手をこまねいているわけではなく、専門学校や高専などで半導体関連人材の育成を推進中ですが、まだまだスモールスタートなので、その成果が現れるのは5年後、10年後になるでしょう。ただ、九州といえば自動車産業の集積地になっている他、TOTOや安川電機をはじめとしたグローバルな製造業が多数立地していることで知られています。半導体サプライチェーンが完成すれば、それらのグローバル企業とシナジー効果を生み出せるのは間違いないので、中長期的な視点でしっかりと取り組んでいただきたいと思います。

 その際に重要になるのは熊本県が他の自治体と足並みをそろえられるかどうかです。現状では熊本県の一人勝ち状態になっていますし、他県からすれば人材などが熊本県に吸い取られてしまうのではないかという危惧が強く、あまり自分事として半導体サプライチェーンの構築を捉えられていないように感じます。ヒト、モノ、カネといった要素に関して、グローバルな要求水準を満たすには九州が一致団結することが欠かせませんし、それができれば九州はアジアにおける半導体のハブとして、世界的にも大きな存在感を示すことができるかもしれません。

 しかし、グローバル企業は時にドライな決断を下すことがあります。24年10月、台湾の力晶積成電子製造(PSMC)がSBIホールディングスとの提携を解消し、宮城県での半導体工場の建設計画から撤退しましたが、こうしたことにならないようにするためにも自治体や関係機関がグローバル企業と円滑に交渉できるだけのコミュニケーション能力を持ち、Win-Winになるビジネスモデルを構築していくことが重要です。また、熊本県についても言えることですが、いざという時に備え、企業城下町として地域経済を発展させながらも、それ以外の柱を中長期的に育成し、リスクヘッジに努めておくことも肝要だと考えます。

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