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シリーズ企画

2019年11月号

「平成」から「令和」へ
時代の移り変わりを展望する

「平成」が終わり、「令和」の時代に入りました。平成の30年余りで、私たちの身のまわりのこと、ビジネスで使うツールなどは大きく変わりました。これからはグローバル化、働き方の多様化、IoT化、少子高齢化などがますます進み、さらに激動の時代になっていきます。そこで本特集では、長年にわたってさまざまな立場で日本の産業界を見つめ、ベンチャー支援・創業支援などに携わってきた松田 修一氏と、IoTサービスやクラウドサービスの導入支援・運用コンサルティングを手掛ける(株)ウフルでIoTイノベーションセンター所長を務める八子 知礼氏のお二人に、この30年間の産業・技術の変化を振り返っていただき、さらに今後どのような変化が訪れるのかを予測してもらいました。

松田 修一 氏

早稲田大学 名誉教授 商学博士
ウエルインベストメント株式会社 取締役会長
株式会社ミロク情報サービス 社外取締役

松田 修一 氏

1966年公認会計士試験2次試験合格、73年監査法人サンワ事務所(現在 監査法人トーマツ)入社、社員(パートナー)として中堅・ベンチャー企業のコンサルティングに従事。商学博士(早稲田大学)取得後、86年早稲田大学助教授、91年教授に就任。2012年早期退職、名誉教授。現在、ウエルインベストメント株式会社取締役会長、日本ニュービジネス協議会連合会副会長。また、05年よりMJS社外取締役。元日本ベンチャー学会会長。経済産業省・財務省・文部科学省・総務省などの審議会・委員会などの要職を歴任。MJS税経システム研究所の顧問も務める。

Interview①産業構造の変化とこれからの日本のあり方

世界の企業の時価総額ランキングにおける日本

世界トップの時価総額起業の変遷

 平成が始まった1989年、日経平均株価は3万8915円で史上最高値を記録しました。当時の世界の企業の時価総額ランキング(92年)をみると、トップ20位までにNTT(4位)、三菱銀行(9位)を筆頭とする金融機関6社、トヨタ自動車(13位)と、日本企業8社がランクイン。この時点では中国企業は1社も入っていません。が、平成最後の月となる2019年4月末の同ランキングでは状況が一変、上位は軒並みアメリカや中国の企業が占め、日本企業はというとようやく45位にトヨタ自動車が出てくるのが現実です(表1)。 この30年の間で、バブル崩壊やリーマンショックによる株価大暴落だけではなく、90年代半ば以降の世界的な産業構造の変化、ICT※を核としたビジネスモデルの追求に出遅れてしまったことが、日本の現状をもたらしています。それは、世界の時価総額トップ企業の多くがICT関連企業であることからも明らかです。

これからのICTビジネスに欠かせない
「顧客視点」

 日本が後塵を拝したICTビジネスの肝は、端的にいえば「徹底した顧客視点」に尽きます。スマートフォンの普及などテクノロジーの進展により、企業は個人とより密接につながっていかざるを得ない時代になりました。個人のニーズは多種多様で、「徹底した顧客視点」のニーズへの対応で成功を収めたのがアマゾンです。店舗を持たない書籍のインターネット販売で個人の趣味や活動データを収集・解析し、書籍に加えて生活用品・雑貨などを届ける仕組みまで作り上げました。個人に対する少額の多種多様な商品の在庫管理や損益管理でビジネスモデルを構築した「ロングテール戦略」の典型事例です。

第一次産業革命から第四次産業革命へ
ICTビジネスの3層構造

 また、近年では「サブスクリプション型ビジネスモデル」も台頭してきました。これは企業が顧客から商品やサービスを一定期間利用できる「権利」に対してお金をいただくビジネスモデルのことです。最近マイクロソフトは従来のソフトの「売り切り型」からoffice365によって「サブスクリプション型」に転換し、安定高収益モデルを構築しました。音楽や映画、マンガなどのエンターテインメント作品の配信などの見放題のデジタルサブスクリプションから、アクセサリー、食品、自動車などのモノサブスクリプションへと、多様な分野にこの対象が拡大しています。サブスクリプションは、企業にとって単に「月額定額制」に切り替えることを意味するのではなく、長期に継続して利用してもらうため、常に顧客満足度を上げるための工夫やニーズに応じた新たな商品やサービスを提供する開発力がなければなりません。

 かつてインターネットが一般に広く普及する前は、こうした不特定多数の個人を対象としたサービスはコストパフォーマンス上成立しませんでした。さらに、図1の第四次産業革命に記されているように、「Connected Industries(つながりの産業)」と呼ばれるこれからの時代には、企業、個人、もの、機械・システムなどあらゆるものがつながり合って、新たなビジネスモデル、付加価値が生み出されていきます。その概念は、「情報社会」に次ぐ、「Society(ソサエティ)5・0超スマート社会」と、経産省の資料では表現されています。「つながり」は今後の重要なキーワードなのです。

日本のモノづくり中小企業の世界戦略

 ICTビジネスに出遅れてしまった日本ですが、強みであるモノづくり技術を生かす余地は十分にあります。出典の関係で馴染みのない横文字が多くなっていますが、図2はICTビジネスにまつわる要素を「上空(ICT層)」「低空(インターフェイス層)」「地上(現場・現物層)」に分けたものです。このうち日本のモノづくり企業の商機は「地上」にあります。上空には、時価総額100兆円にまで成長を遂げたICTビジネスの雄がいます。さまざまな事業で顧客を直接掴み、ビッグデータを有することで存在感を高めています。低空は、データの収集と分析で上空と地上をつなぐ役割を果たす層です。

 3層のトップに君臨する企業は現在優位に立っていますが、提供するクラウドサービスやプラットフォームビジネスも、その受け皿としての端末や機器、そしてそれらを構成する電子部品など地上ビジネスが不可欠です。その製造や加工は日本のモノづくり企業が得意とし、まだ競争優位性があります。特に中小・ベンチャー企業の中には、高度で唯一無二の技術を有しているところが多く、そのアドバンテージで世界に打って出ることが可能です。

 ただ、海外に挑戦するには独自の技術をノウハウとして秘匿する、知的財産権で保護するなど、戦略的に管理するタフな交渉力が必要です。海外では他社の技術を狡猾に奪い合う争いが頻繁に繰り広げられています。知財法務に強い専門家を活用し、知財戦略を構築した上で、海外展開を進めるべきです。少子高齢化により国内市場が収縮していく中、また海外からのインバウンド需要が増加し、日本の経営資源が見直されているチャンスを活用し、中小企業とはいえ海外市場での成長戦略を意識せざるを得ません。

 新たな令和時代、第四次産業革命を経た世界において、日本経済が明るい未来を描くためには「顧客視点」のICTビジネスの推進とともに、日本企業の9割以上を占める裾野の広い中小企業の世界戦略をサポートする体制が必要なのです。

八子 知礼 氏

株式会社ウフル CIO(チーフ・イノベーション・オフィサー)
IoTイノベーションセンター所長、
エグゼクティブコンサルタント

八子 知礼 氏
(やご とものり)

パナソニック(旧松下電工株式会社)にて通信機器の企画開発や新規サービス事業の立ち上げに従事した後、アーサーアンダーセン/ベリングポイント、デロイトトーマツコンサルティング執行役員パートナー、シスココンサルティングサービスのシニアパートナーを歴任。通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、顧客/商品/マーケティング戦略、バリューチェーン再編等を多数経験。日本初の「モバイルクラウド」の提唱者として当該領域およびその延長線であるM2M/IoTビジネスの立ち上げも多数経験。2016年4月より(株)ウフルにてクラウド、IoTビジネスに従事。

Interview②テクノロジーの変遷と今後の展望

この30年における劇的なICTの発展

 1990年(平成2年)代以降、ICTの発展によって私たちの生活環境や経済活動は激変し続けてきました。ここではこの変化を軸に、平成から令和にかけてを振り返りたいと思います。

 まず平成が幕を開けた30年前というと、コンピューターが徐々にオフィスに普及し始めていたパソコン黎明期です。日本では90年に世界標準のパソコン規格に日本語が組み込まれたことでデスクトップパソコンが爆発的に普及、さらにはマイクロソフトのウィンドウズ3・1日本語版が発表され、価格も下がってオフィスにおけるパソコン普及に拍車がかかりました。とはいえまだ一人に1台とまではいかず、電子メールアカウントも事業所につき一つで、一般生活者の生活や企業の経済活動に浸透しているとは言えない状況でした。当然、インターネット回線の通信速度も遅かったため、現代のように〝小さなパソコン〟とも言えるスマートフォンを多くの人々が持ち歩いていたり、そのスマホやタブレットで音楽や動画をいつでもどこでも視聴できたりするような状況は夢のまた夢でした。

IoTをめぐる世界各国の動向

 が、実はそんな時代にあって、日本で早くも現代の第四次産業革命の主役ともいえる「IoT」や「コネクテッド」の発想が生まれていたことをご存じでしょうか。発端は、工場における生産工程を自動化する「ファクトリー・オートメーション(FA)」システムがモノづくり現場に導入されていった87年から90年代(昭和から平成への移行期)に入る前くらいのことです。単なる自動化ではなく、「コンピューター・インテグレーテッド・マニュファクチャリング(CIM)」という統合生産の考え方が提唱され、モノづくり企業の現場への導入が図られたのです。これはコンピューターによる制御・管理の下、開発や製造、販売などの部門間で情報を共有し、一連の業務を効率的につなぐことで生産性を引き上げようという、まさに今で言うIoTそのものです。しかし、その本格的研究や実装が始まろうという矢先にバブルが崩壊、CIMどころかIT関連投資が全般的にピタッと止まってしまいました。日本がそのままFAやCIMの研究を進めていれば、今頃IoTで世界を席巻していたかもしれません。

 世界的にIoTというキーワードが出てきたのは、97年頃になってからのことです。アメリカのRFID※の研究センターにおいて、「複数の組織や場所をまたがって流れる情報をRFIDでキャッチすれば、製品の品質や流通をどこでもいつでも管理できるのではないか」という発想の下、IoTが提唱されました。ただ、当時はセンサーが高価、ネット回線も今のように高速ではなかったので、将来実現すべきものとして語られるにとどまっていました。

 その後、スマートフォンの普及が全てを変えました。センサーの値段が劇的に下がり、ネットの通信速度が格段に上がったことで2011年、「IoT」や「コネクテッド」が急速に注目され、世界各国で産業におけるICT活用が盛んに研究されました。筆頭はアメリカのGEです。まるでITベンダーのようにグループ内にデジタルテクノロジー部門を立ち上げ、巨大な規模で製造業のIoT化を実践していきました。またドイツもいち早く「インダストリー4・0」を掲げ、国家規模でIoT推進のために大きな投資を行いました。

※電波によってRFタグのデータを非接触で読み書きするシステム

IoTの真価は「全体最適化」

 日本は海外でのこうした動きに数年後れをとって、ようやく平成も終盤となる15年に経済産業省と総務省を中心にIoTのコンソーシアムをつくり、17年には独自に「コネクテッド・インダストリーズ」を掲げ、IoTを推進しています。ただ、現状では日本におけるIoT実装は非常に領域が限定された形で行われているケースがほとんどで、ある施設内の設備稼働状況の最適化やRFIDによる位置情報収集など、部分的・閉鎖的な自動化・見える化に目的が絞られています。それはそれで生産性向上に寄与するのでしょうが、IoTの真価はこのような「局所最適化」ではなく「全体最適化」にあります。例えば複数社による分業加工を経て完成する製品の1工程を担う工場が、自社の生産ラインをIoT化して生産性を格段に向上させたとしても、後工程を担う工場がその生産量に対応できなければ何の意味もありません。IoT化とは、ある製品がつくられ、流通する過程でさまざまな事業者の手を経て、販売店や消費者の元に届くまでのサプライチェーン全体をつなげて、最適化されねばならないのです。

 また、従来は機械メーカーなどにとって、製品が出荷されるところまでが担当領域でしたが、その製品が現場に導入された後も機械の様子をオンラインで監視できるとなれば、遠隔で故障を予測したり、故障発覚時にすみやかに人員の派遣を行ったりできます。さらに遠隔監視によるデータを蓄積することで、機械に新たな機能付加のアイデアが生まれ、研究・開発部門に成果が還元できることもあるでしょう。このようにIoTは、単に製造業の生産性向上のためだけでなく、従来のモノづくりからサービス業にまで業務の幅を広げる武器にもなるのです。

あらゆる業種・業界で新たなビジネスモデル再構築が必須

 海外ではこうした意識が強いので、14年頃から多くの企業が連携してIoTによるサプライチェーン全体の最適化にチャレンジしていますが、日本ではどうもそれぞれの企業が自社内での局所最適に走りがちで、「IoT化でサプライチェーン全体を最適化しよう」「新たなビジネスモデルを構築し直そう」といった気概のある経営者は非常に少ないのが現状です。ただ、さらなる技術発展を背景にIoT化が世界的に加速している以上、この先10年、20年のうちにあらゆるモノがコンピューター機能を有するようになり、世の中の事象がつながる時代がやってきます。そうした世界においては、もはやIoT実装とはリターンを期待すべき投資などではなく、あらゆるビジネスにおける必要最低限のインフラ、ライフラインです。モノづくり業界であれば、いつどのくらいの機械が稼動し、どのくらいの生産余地が残っており、製品の歩留まりや品質がどの程度で、もし一部の機械が故障したらその工程に関わる部品をどのくらい滞留させねばならず、どのくらいのコストが余計にかかるのか、などのシミュレーションをスマホ画面で常にチェックできるような環境が当たり前になります。そうなれば当然、IoTを基盤としたシステムが入っていない製造業者はサプライチェーンから淘汰されるでしょう。第四次産業革命と言われる激変を経て、製造業に限らず、あらゆる業種・業界でビジネスモデルの再構築が求められているのです。

COLUM 税理士業界の「平成から令和」の出来事

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