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シリーズ企画

2020年07月号

中小企業版・人材の採用と定着の方法

人口減少や高齢化の進行によって、多くの中小企業が深刻な人材不足に悩まされています。また、コロナショック後の予測が立てられない中、人材採用やその人材を会社に定着させるための方策がこれまで以上に重要になっています。そこで、中小企業の人材採用戦略に特化した書籍を執筆している川越 雄一氏を取材し、中小企業が実践できる低コストかつ効果的な人材採用のポイントをご紹介いただきました。

川越 雄一 氏 (かわごえ ゆういち)

川越社会保険労務士事務所 代表

川越 雄一 氏
(かわごえ ゆういち)

社会保険労務士。1958年宮崎県生まれ。91年に社会保険労務士事務所を開業し、企業の労務指導に携わる。「人を大切にする経営」をベースにした指導は実践的で分かりやすいと好評。人を大切にする経営学会会員。

小さな会社でも実践できる川越式採用手順のポイント

 もう何年も前から、中小企業の多くが大企業や中堅企業とは段違いのレベルで人手不足に苦しんでいます。将来に備えた人材確保以前に今日の人手が足りておらず、求人を打ち出しても応募者が思うように集まらないという企業がほとんどであり、苦労して採用した従業員が早期退職してしまうケースも多発しているのです。厚生労働省の「平成30年雇用動向調査結果の概況」を見ると、2018年の平均離職率(パートを除く)は11・3%(「1年間の離職者÷1月1日時点の常用労働者数」で算出)、図1の通り入職率・離職率の傾向は産業別に大きく異なります。各業界の平均離職率を上回る企業にとって、これをいかに下げていくかが悩みのタネとなっています。

 こうした状況にあって、私が社会保険労務士として中小企業の採用活動に携わる中で実感するのは、人材の採用と定着においては「当たり前の採用手順を当たり前の時期に行う」のが何より肝要だということです。そしてその「当たり前」を実践するためには、まず経理感覚の労務から脱却しなければなりません。

 規模の小さな会社では経理と労務を同一の担当者が兼任しているケースが多いのですが、労務を経理の延長線上で考えるのは大きな誤りです。なぜなら経理は突き詰めれば「法律+経営」の2次元ですが、人間を対象とする労務はこれらに「人の気持ち」への配慮が加わるからです(図2)。人は理屈ではなく感情で動くため、法律と経営、人の気持ちの3次元のバランスをいかに保つかが問われるわけです。

 私は2年前、こうした考えを小さな会社でもすぐに実践できる「川越式採用手順」として具体化し、書籍『欲しい人材がグッとくる 求人・面接・採用のかくし味』(労働調査会)にまとめました。まずはその中から、人材採用のポイントをかいつまんで解説したいと思います。

① プレゼンテーションの場としての求人票

 採用活動の第一歩として、最も重要なのがハローワークなどに出す求人票です。求人票とは、言うなればプレゼンテーションの場。会社が求職者から選ばれる立場であることを認識し、数多くの企業の求人票の中から「ここに応募しよう」と注目してもらえるようなものをつくらねばなりません(5頁、図3)。

 その上で第1のポイントは「仕事の内容」欄を充実させること。ハローワーク南魚沼(新潟県)が2012年に正社員求人を対象に行った調査によると、この「仕事の内容」欄が充実していればいるほど、充足率(求人・紹介による求人数に対してどれだけ採用できているかの指標)が高くなったそうです。独立行政法人 労働政策研究・研修機構の調査研究においても、求職者がこの「仕事の内容」欄に最も高い関心を示していることが検証されています。

 書き方のポイントとしては、実際に人に仕事を頼むイメージで具体的に、素人にも分かるよう細かく記載することです。ここが大雑把だと真面目な求職者は不信感を持ち警戒してしまいますし、「仕事の内容が違った」と選考が進んでいる段階で辞退されたり、採用後早々に退職されてしまうことになりかねません。だから業務量や業務体制、付随業務についてもできるだけ細かく記し、採用後のキャリアアップの目安も盛り込むとより良いです。

 次に賃金については、世間相場のちょっと上に設定するのが効果的です。役所の賃金統計やハローワークの賃金情報、各種求人サイトなどを活用し、設定金額を決めていきます。また昨今、職選びの際には「働きやすさ」が重視されていますが、これは詰まるところ「休みやすさ」でもあるので、求職者側が働き方・休み方をイメージできるよう労働時間や休日を明確に記す必要があります。そして自由記載欄では、労働条件以外の会社の強みや魅力をしっかりとアピールし、他社との差別化を図ってほしいと思います。

図1 産業別入職率・離職率(2018年)

図2「経理は2次元、労務は3次元」

②ミスマッチを防ぐための応募書類

 次は応募書類についてです。業種によっては「電話連絡後、履歴書持参、即面接」というのが一般的かもしれませんが、できれば事前に応募書類を送ってもらうべきです。それをもとに封筒の書き方や使い方、履歴書の雰囲気や丁寧さ、誤字脱字の有無、職歴の流れ、その他さまざまなことをチェックできるからです。言わば面接前に面接を行えるようなものですし、こうした手間を嫌がる求職者から応募をしてもらわないためのフィルターにもなります。

 また、小さなことですが、面接日の連絡をする際に丁寧な伝達の仕方や対応を心がけるだけで、きちんとした会社であることが相手に伝えられます。真面目な応募者ほど会社への評価を高めますし、逆にそうでない応募者が「こんなにしっかりした会社だと、自分の仕事に対する低い意欲では釣り合わない」と辞退することもあるでしょう。このように事前段階である程度応募者を絞ることは、採用活動の効率化につながり、採用後のミスマッチも少なくなります。

 求人募集においては、応募者数をやみくもに増やそうとするのではなく、会社の考え方に合う人材、できるだけ従業員として採用する可能性の高い人材により多く応募してもらうことが大事なのです。

③面接日当日の準備、本番、フォロー

 川越式採用手順において、面接とは自社を選んで応募してくれた人に「面接に来て良かった」と実感してもらい、面接終了後に「ぜひ入社したい」という意欲を強めてもらうための場です(図4)。準備段階である「根回し」、実際に質問をする「本番」、選考辞退防止を主目的とした面接終了後のフォローである「後回し」の3つの場面に分けることができ、このうち「根回し」と「後回し」で面接の8割が決まります。

 まず準備段階では、心地良い面接環境や面接担当者の好印象づくり、面接において聞いてはいけないことの確認(厚生労働省のパンフレット「公正な採用選考を目指して」など)を行います。また、面接前には応募者の観察を行いつつ、リラックスした雰囲気づくりや今後の採用手順についての説明を行います。

 次に面接本番ですが、質問は応募者が答えやすい基本的なものから、応募者の職務能力などをみる核心的なものへと進めていくのがポイントです。

 そして面接後のフォローでは、帰り際の手土産や面接来社お礼葉書などのちょっとした心配りがものをいいます。応募者やその家族の気持ちを掴むとともに、今いる従業員にも「人を大切にする採用方針」を伝えることができます。

④内定時から採用までの間にやるべきこと

 最後の仕上げとして、内定時から採用時(採用後2週間くらい)までの手順についても触れておきましょう。面接を終えて採用内定の通知をしたら、次に会うのは採用日という会社も少なくありませんが、採用は大きな投資であり、人を一人雇うとなると手続きや書類が必要です。これらを採用後にやろうとすると後手になり、雇用関係が甘くなってしまいがちです。なので内定日から採用日の間に最低1回は打ち合わせを行い、労働条件や仕事内容の再確認、採用にあたって必要な提出書類の依頼をしておきます。また、雇い入れ時の健康診断もこの時期に実施し、採用後スムーズに雇用関係に入れるよう準備しておくことが大事です。

採用から3年間人材定着のポイント

 ここまで川越式採用手順をざっと解説してきましたが、当然のことながら採用はゴールではなくスタートであり、採用した人材をいかに会社に定着させるかが重要です。そこでここからは、採用時から3年間の人材定着のポイントを5段階に分けて解説していきます。

①まずは安心させる【採用時】

 何事も最初が肝心です。採用時にやるべきことをどれだけキチンとやるかで、採用した従業員との関係が決まります。ここをいい加減にしてしまうと、「この会社はゆるいな」と思われてしまいます。逆にきちんとしておけば「自分もきちんとしておかないと」と思ってもらえますし、安心感を持って新しい職場での仕事に臨んでもらえます。具体的に言えば、雇用契約書の取り交わしや社会保険の手続きなどは、採用日当日に即行うべきです。

②安心させたら馴染ませる【採用後1カ月程度】

 この時期は、新人を会社に馴染ませることが最優先であり、雇う側が最初から過度な期待を持たないことが大事です。人手不足に苦しむ中小企業の場合、即戦力を求めがちですし、中途採用が多いので「経験者だからすぐに仕事ができるはず」と思い込んでしまいがちですが、これは幻想です。たとえ同業種の経験があってもその会社に来たばかりの1年生。勝手も役割も立ち位置も異なるので、じっくり育てることを大前提として接しなければなりません。また、最初の3カ月間ほどの試用期間中に何をどこまでやってもらうのかを面と向かって話し合い、PDCAサイクルを明確にして計画を立てることも初期段階に欠かせません。

図2 プレゼンテーションの場としての求人票

図4 面接日当日の準備、本番、フォロー

③馴染ませたら信頼関係を築く【採用後3カ月から6カ月】

 試用期間が満了する時期には、あらためて雇用契約の再確認を行った上で、しっかり辞令を出して正社員として登用します。この際、新人の不安を軽減するためにも、賃金計算はしっかりと行いましょう。労働時間の反映もれや保険料の控除ミスなどはありがちですが、賃金計算は今いる従業員にとっても新人にとっても大きな関心事であり、雇用関係の本丸です。そこで間違いがあると一気に信頼を失ってしまうので要注意です。

 と同時に、経営者としては新人にさまざまな教育・指導を行った従業員たちに感謝の気持ちを伝えることも忘れてはいけません。

④信頼関係ができたら働きぶりを認める【6カ月から2年】

 この時期には出張や商工会議所の研修など、会社の外に出る機会が多くなってくるかと思いますが、こうした機会の意味合いや会社として期待することなどについて従業員と話し、「しっかり見守っているから頑張って」という思いをさりげなく伝えることが大事です。こうしたコミュニケーションを通じて従業員がトップから見られているのを意識することで、気を引き締めるとともに、やりがいをもって仕事に臨んでくれるはずです。

BOOK 『 欲しい人材がグッとくる 求人・面接・採用のかくし味』

 また、普段の働きぶりをねぎらう福利厚生に気を配るのも大切です。誕生日に花を贈ったり祝ったりするなど、年次や能力に関係なく、従業員全員に公平となるような方法が望ましいでしょう。

⑤認めたら自信を持たせる【3年】

 入社3年といえば、会社での自分の将来像が見えてくる時期です。満足する先行きがイメージできなければ転職を考えることもあるでしょうし、できる人なら同業他社からの引き抜きもあり得ます。そんな節目の時期、金一封などで感謝の気持ちを明確に分かりやすく伝えることはとても大事です。

 また、さらなるスキルアップで自信をつけさせ、キャリアアップの道筋を示すため、公的な資格や検定制度を活用するのがオススメです。国家資格でなくても、業種ごとに技術系・現場系・事務系などさまざまな検定制度があるので、これらの取得を奨励しましょう。従業員にとって良い目標になり、スキルアップによって自信がついて生産性も上がり、お客様からの信頼感も高まるのでまさに三方良し。また、その努力や成果に対して資格手当を支給するなど、会社側が明確な形で報いることが肝心ですが、その際、社内で独自につくった評価制度よりも客観的で公平に評価できるのもポイントです。

人材採用・定着のための気配りと工夫がより重要に

 採用活動を展開する際には、このように採用後の人材定着の道筋や仕組みを整えた上で事に臨むのが理想です。

 特に昨今、ウィズ・コロナ、アフター・コロナの新しい生活様式の中でテレワークや分散出社などが推進され、企業における対面でのコミュニケーションの機会が少なくなることが予想されています。コミュニケーションの減少は確実に人材定着率の悪化につながるので、これまで以上にさまざまな気配りや工夫が必要になります。また、コロナショックで失業率が高まれば、求職者の母数は増えるでしょうが、誤った採用手順でミスマッチが増えては元も子もありません。

 ただ、全ての中小企業が独力でこうした体制をつくり上げるのは至難の業。そこで重要なのが、中小企業経営者と距離感が近く、影響力も大きい税理士・公認会計士、社会保険労務士の方たちのサポートです。本誌読者の先生方にもぜひ、日々の経営サポートの中で採用・定着の手順や従業員たちの気持ちを念頭に置いた労務面でのアドバイスを行ってほしいと思います。

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