2020年08月号
会計事務所におけるテレワークの利点とポイント
コロナショックを機に、さまざまな業界で急速に導入が進んだテレワーク。多くの会計事務所でも導入が進みましたが、一方で「導入してみたいが、進め方やポイントが分からない」という声も上がっています。そこで、ここでは船井総合研究所 士業支援部 グループマネージャーの鈴木 利明氏に、会計事務所におけるテレワーク導入の利点やポイント、そして今後の可能性について紹介いただきたいと思います。
なかなか定着しなかった会計事務所のテレワーク
もともと日本の会計事務所では税理士法(二か所事務所禁止規定と監督義務)の兼ね合いもあり、テレワークがあまり普及していませんでした。その転機となったのはコロナショックです。政府の緊急事態宣言を受けて、多くの会計事務所がテレワークの導入を検討したり、すぐに取り入れたりし始めたのです。また、これを機に日本税理士会連合会が4月15日にウェブサイト上で「税理士の業務とテレワーク(在宅勤務)~新型コロナウイルス感染防止対応版~」というFAQを会員限定で公開したことも追い風になりました。ですが、全体的な印象だと一般企業よりも、依然として導入率は低いような印象がありますし、緊急事態宣言が解除された途端に従来の業務スタイルに戻った会計事務所も目立ちました。
しかし、テレワークはデジタルトランスフォーメーション(DX)※1を推進する上でも良いきっかけになりますし、その活用次第では生産性の向上だけでなく、サービスの質を高めることもできます。そこで、ここでは会計事務所におけるテレワーク導入の利点やポイントについてお伝えします。
※1 デジタル技術の活用を通じて経営・組織を抜本的に変革し、新たな収益や価値を生み出すこと
テレワークの基本は業務のペーパーレス化
まずはテレワークを導入し、見事に成果を上げたA会計事務所(所在地は東京、職員数は60~70名)の事例を紹介したいと思います。この会計事務所では新型コロナウイルスの感染拡大に鑑みて、2020年2月~3月にかけてテレワークの導入などを検討。4月から本格的にテレワークを導入し、緊急事態宣言下にあっては職員の8割がテレワークを実施し、残りの2割の出勤者は主に顧問先から送られてきた紙ベースの資料をスキャンしたり、整理したりしていたそうです(職員の出勤頻度は週に1~2回ほど)。その結果、職員の安全・安心に寄与することができただけでなく、移動時間の大幅な削減にも成功。さらに、従来の業務と同レベルの生産効率や品質を維持することができたそうです。
では、なぜこのA会計事務所はスムーズにテレワークを導入することができたのでしょうか。そのポイントは業務のペーパーレス化です。A会計事務所ではもともとペーパーレス化を推進しており、事務所内で書類を電子化してサーバーに保存し、全員でその情報を共有するということが当たり前に行われていました。実を言うと、このペーパーレス化がテレワークの大前提となる取り組みなのです。いかにテレワークを導入しようとしても、肝心の資料が電子化され、きちんと整理された状態でサーバーに保存されていなければ、事務所の外から顧問先の資料を閲覧したり、決算書類を編集したりすることはできません。逆にペーパーレス化を徹底できている会計事務所はすでにICTを活用する素地がしっかりと出来上がっているので、これから説明するテレワークを導入するにあたってのポイントもすんなりと把握し、スムーズに実践できることでしょう。まだ、ペーパーレス化が実現できていないけれどもテレワークに興味があるという会計事務所に関しては、まずは業務のペーパーレス化から取り組むことをお勧めします。
労務管理などのルールづくりとコミュニケーションがポイント
次にテレワークを導入するにあたっての具体的なポイントについて紹介していきたいと思います。
テレワークを活用するにはリモート操作を行うための仕組みはもちろん、労務管理やサイバーセキュリティーに関する対策も講じなければなりません。まずリモート操作についてですが、これは自宅から事務所のパソコンやサーバーを操作し、その中にあるデータを閲覧したり、操作したりするシステムのことです。中には「事務所のデータをノートパソコンにコピーして持ち出したほうが簡単なのではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、自宅のセキュリティーレベルは事務所のものよりも脆弱であるケースが多く、それが原因でノートパソコンがコンピューターウイルスに感染するリスクがあります。そして、そのノートパソコンを事務所のネットワークにつなぐことで、今度は事務所全体にウイルスが拡散してしまうこともあるので、テレワーク時の作業は原則的にリモート操作を活用し、事務所内のパソコンやサーバーにアクセスして行うようにしたほうがいいでしょう。
ちなみに、こうしたリモート操作を可能にするシステムについては、さまざまなタイプのものがリリースされており、いずれも比較的安価に導入することができるので、ぜひともそれらを活用してみてください。ただし、その際には必ず職員ごとに管理権限や閲覧できる範囲を設定しなければなりません。また、それと同時に誰がいつ、どのデータにアクセスしたかといった記録(ログ)を残したり、外部でそれらのデータを出力できないようにしたりしておくことも大切です。そういった設定をおろそかにすると、思わぬところで情報漏洩が生じたり、データの予期せぬ改ざんが生じたりする恐れがあるので要注意です。
次に重要なのが、先ほども少し触れましたが、テレワーク業務に関するルールづくりです。テレワークの場合、職員一人ひとりがそれぞれ離れた場所で業務を行うことになるので、最低限のルールを設けることで、生産性やサイバーセキュリティーを保つ必要があります。例えば、毎日必ず業務日報や進捗報告を上長に提出するようにする、テレワークで使用している端末に顧問先のデータを絶対に残さないようにする、OSやセキュリティーソフトは常に最新版にアップデートする、体調不良などで休む場合は上長などに相談・報告するようにするといったことを規定化していくのです。
さらにもう一歩進んだ例を挙げますと、全職員が効率的にテレワークを活用できるように、運用マニュアルを作成している会計事務所もありました。VPN(バーチャルプライベートネットワーク)※2の接続方法やオンライン会議システムの使い方などを事細かく記載しておけば、新しく入った職員たちもすんなりとテレワークを活用することができるのでお勧めです。しかし、こうしたルールづくりには相当の手間がかかるものです。自分たちだけでルールづくりを進めるのが困難な場合には、当社のようなコンサルティング会社や社会保険労務士事務所などに相談するのもいいかもしれません。ちなみに、実際にテレワークをはじめとしたICTの導入にあたっては、20代や30代といった若手に任せてみるのも一案です。若い世代はデジタルに関する知見が豊富なので、ベテラン職員よりもスムーズに適切なシステムやツールを見繕ってくれるはずですし、規定やマニュアルの草案を通じてレベルアップを図ることもできると思います。
もう一つ、テレワークにおいてよく課題になるのがコミュニケーションをいかにとっていくかということです。これに関しては、まずオンラインでのコミュニケーションに慣れることが第一歩になります。基本的には従来のコミュニケーションをオンライン上で行うようにしてみてください。例えば、オンライン会議システムを使えば、全職員が参加する朝礼を行うこともできますし、その中で従来通り、業務報告を行ったり、スピーチを行ったりすることもできます。
ただし、実際に顔を合わせる頻度が減るため、どうしても細かい報告や相談が遅れてしまう恐れがあります。そういった場合には、部門や班単位でのオンライン会議を別途実施するなどして、より緊密なコミュニケーションをとってみるといいかもしれません。また、より気軽なコミュニケーションを図る際にはチャットツールを活用したり、リモート飲み会や食事会を実施したりしてみるのもいいでしょう。
※2 企業内データ通信に用いられるネットワークサービス。遠隔地の拠点とも自社ネットワーク内部のように通信が行える
テレワークをきっかけにデジタル時代のビジネスを推進
コロナショックを機に、顧問先のテレワークに対する意識も変わりつつあります。今まではICTの活用にあまり興味を持っていなかった顧問先も、コロナショックの第2波や第3波を懸念し、ICTの活用を前向きに考え始めています。
テレワークを導入することができ、事務所のデジタル化の第一歩を踏み出せたら、こういった顧問先に対してオンライン監査をはじめとした新たなサービスを提案してみるといいでしょう。これを実現できれば、お互いの移動時間を削減できるだけでなく、事務所内のサーバーにある顧問先の資料や顧問先が所有している最新データなどを次々と画面に表示しながら、濃密な打ち合わせを進めることができるはずです。
もちろん、営業にも変化が生じてくるはずです。例えば、オンライン監査であれば顧問先との距離感が関係なくなるので、遠方の顧問先を新たに獲得できる可能性も高まり、インターネットなどでのアプローチが激化していくと思われます。オンライン監査だけでなく、オンラインセミナーでの新規開拓といったことも視野に入れ、新たな時代に対応した営業手法を確立していく必要があるでしょう。そして、そのためにはウェブマーケティングを活用して、ご自身の会計事務所のサービスに興味や共感を持ってくれる人を増やしていく仕組みづくりが重要になってきます。
また、事務所内に目を転じれば、デジタル化には業務工程や業務時間を見える化し、さらに生産性を向上できるという利点があります。例えば、何となく対応に時間を要している顧問先があったとします。そういった場合、具体的にどのくらいの業務や時間をかけていたかが分からず、担当者は疲弊しながらその対応に追われ続けることになりがちです。しかし、デジタル化によって業務工程や業務時間がログとして蓄積されていくと、どの顧問先にどの程度の労力や時間を割いているか、そしてその理由としてどういったことが考えられるのかが分かってきます。そうすれば、その理由が顧問先と担当者の相性であれば配置換えを行う、顧問先の対応が問題であれば顧問料の値上げを打診するといった対策を講じることができ、生産性をさらに向上させられるはずです。
昨今はテレワークの導入に関して、国などの助成や補助を受けやすくなっています。このチャンスを逃す手はありません。会計事務所の生産性とサービスの質を高め、新たな時代のマーケットを切り拓くためにも、是非ともテレワークの導入にチャレンジしていただきたいと思います。