中国会企画
2020年10月号
中国地方における
地域活性化の取り組み
自治体や民間企業・団体、金融機関などが連携して地域活性化に取り組む事例は全国各地にみられます。ここでは、島根県と鳥取県におけるユニークで持続的な2つの事例を紹介したいと思います。
観光協会主導、「神湯」の歴史と文化を生かしたまちづくり
まず、日本最古の温泉といわれる玉造温泉の地域活性化策を紹介したいと思います。近年でこそ女子旅などに人気があるこの温泉街、ほんの十数年前まで閑古鳥が鳴いていたというから驚きです。聞けば高度経済成長期、団体旅行の受け入れで旅館の大型化を進めた結果、旅行スタイルのニーズが移り変わっていく流れに対応できず、すっかり客足が遠のいてしまったそうです。2007年から松江観光協会 玉造温泉支部(以後、観光協会)の事務局長を務める周藤 実氏によれば、「当時15軒あった老舗旅館のうち、4軒が経営破綻してしまった」と言います。
この危機的状況を打開するため、観光協会は行政・商工会・旅館組合などと議論を重ね、「歴史ある温泉街ならではのストーリーをまちづくりに生かそう」と『出雲国風土記』に着目。同書で謡われていた玉造温泉の美肌効果をあらためて前面に押し出し、「美肌 姫神の湯、玉造温泉」というテーマでまちづくりを進めることに。これを機に、観光協会が旗振り役となって眠っていた地域資源を次々と発掘し、プロデュースしていったのです。
例えば「『出雲国風土記』にも登場する古社、玉作湯神社の脇には昔から『まだま』と呼ばれるまんまるの石があり、地元の勾玉づくり職人が祈りを捧げていたが、一般的にはほとんどその存在は知られていなかった」とか。そこで観光協会ではこれを「願い石」と名付け、対になるお守り「叶い石」をつくって独特の祈願作法を考案、新たなパワースポットとしてプロデュースしたところ見事に大ヒット。かつては氏子が年間100人くるかどうかだった境内に、年間15万人の参拝客が訪れるまでになったそうです。
その他にも、観光協会ではまちあるきが楽しくなる仕掛けを各所で展開するとともに、毎年7月中旬から45日間にわたって毎日休みなしでステージイベントを開催。このような魅力は口コミで広まり、いつしか「通りを歩くだけで楽しめる玉造温泉」というイメージが定着していったといいます。
観光協会のこうした動きに刺激され、旅館の経営者などもまちを活性化するために(株)玉造温泉まちデコを立ち上げました。その事業の第1弾として、県外の企業の研究部門とともに「姫ラボ」ブランドの温泉コスメを開発、実店舗「玉造温泉 美肌研究所 姫ラボ」で販売し、温泉街を訪れる女性客たちに好評を得ています。さらに同社はフレッシュジュースのお店「ベジフルージュ」や山陰のクリエイターたちの作品や土産物を扱う「玉造アートボックス」など、温泉街に次々と実店舗を開き、一体の賑わいづくりを進めてきました。
こうした数々の取り組みによって、この十数年で玉造温泉は若い女性を中心に多数の観光客が訪れる温泉街として復活。「人通りが増えたことで個性的な店も増え、より魅力が増すという好循環が生まれている」そうです
隼地区(鳥取県八頭町)バイク「ハヤブサ」の聖地に生まれたビジネスとコミュニティの拠点
スズキの大型バイク「ハヤブサ」乗りの聖地、屈指のツーリングスポットである鳥取県八頭町隼地区をご存じでしょうか。人口約800人、山間ののどかな田舎町ながら、年に一回、8月の第一日曜に開催される「隼駅まつり」には毎回2000人以上のライダーが訪れ、賑わうことで知られています。
このイベントの発端は今から十数年前。地元住民からなる「隼駅を守る会」が地域を盛り上げようと駅名にちなんではじめたもので、スズキの協賛もあってまたたく間に規模拡大、記念撮影や郷土芸能の披露、特産品販売の他、スズキ限定ジャケットやハヤブサグッズを賞品としたゲーム大会、白バイによるバイク講習などが行われる、バイク乗りにはたまらない一大イベントに成長しました。
ところが、同会の東口 善一氏によれば、「バイク乗りたちからの注目は集まったものの、過疎・高齢化には歯止めがかからず、地域は衰退の一途をたどっていた」とのこと。そこで「駅前に地元住民のためのカフェやコミュニティスペースをつくれないか」と考えた東口氏は、地元・八頭町出身者の若者グループ 「トリクミ」(後に株式会社化)に声をかけました。
このグループのメンバーはみな中学生時代の同級生、各地でそれぞれ本業を持ちながら首都圏で故郷の物産をPR・販売するなどの活動を行っていたそうですが、 東口氏の呼びかけを機に東京の広告業界で働いていた代表の古田 琢也氏は「地元の活性化に本腰を入れよう」とUターン。同じく故郷に集まった仲間たちとともに隼駅前の空き店舗をリノベーションして2014年4月にカフェ「HOME8823(ホームはやぶさ)」を開店。続いて「県外から集まるバイク乗りたちに腰を落ち着けてもらえるような場をつくろう」と、築50年の2階建て民家をリノベーションし、16年4月に宿泊施設「BASE8823(ベースはやぶさ)」を開きました。この宿は八頭町唯一のゲストハウスで、コンセプトは「バイク旅の新しい楽しみ方を提案する宿」。専用ガレージや洗車スペース、メンテナンス工具などが揃っているだけでなく、宿のカフェ&バースペースでくつろいだり、庭でバーベキューを楽しんだりもできます。このスタイルが数多くのバイク乗りたちに大好評で、その評判を聞きつけた地元住民もカフェ・バーのスペースをよく利用しにくるようになり、さらには東口氏ら地元の高齢者たちが立ち上げた「(株)隼えにし」が母体となって宿泊者向けの農業体験を実施するなどの取り組みもスタートしたそうです。
こうして新たなにぎわいと交流の場が生まれた隼地区ではその後、地域の小学校の跡地を企業誘致や起業支援のための拠点施設に生まれ変わらせる計画が持ち上がり、17年末に「隼Lab.(はやぶさラボ)」としてオープンしました。運営を担うのは「(株)トリクミ」や地場企業 、地域外の賛同企業、地域金融機関など全7社による出資で立ち上げた「(株)シーセブンハヤブサ」。「地域と企業が一体となり、補助金に頼らない〝稼ぐ公共施設〟として持続的に運営していこうと話し合った」と古田氏は振り返ります。
その施設の内容はというと、まず校舎2・3階には企業のシェアオフィスとコワーキングスペース(Wi-Fi完備、24時間利用可能)が設けられています。「流通やデザイン、ブランディング、ファイナンス、 投資などのプロが入居しているから、地場企業による農産物の6次産業化や学生・主婦の起業のサポートなどがワンストップで行える」そうです。また、ビジネスの場としてだけでなく、広々とした校庭はマルシェなどのイベント会場や子どもたちの遊び場として活用されており、校舎1階はカフェやコミュニティスペース、高齢者のための交流や体操などの活動を行う任意団体「まちづくり委員会」の事務局、訪問介護の拠点も入っています。この「隼Lab.」にはまさにビジネスと学び、暮らし、遊びなど、地域社会に必要な機能が集約されているのです。東口氏によれば「オープンから約2年半、隼Lab.では続々と新たな起業事例がみられる他、隼地区や近隣地区も含めた広域の住民の学びや憩いの場として定着している」そうなので、今後のさらなる展開が楽しみです。
島根県の玉造温泉と鳥取県の八頭町隼地区、中国地方における2つの地域活性化事例をみてきましたが、いずれも地域のさまざまな立場のプレイヤーが連携し合い、一体となって事を進めていることがポイントです。地域がコロナショックという未曾有の災禍と対峙している今、これまで以上にこうした地域連携が問われているのではないでしょうか。