東京会企画
2021年06月号
ワインを通して知る
「葡萄畑が織りなす風景―山梨県峡東地域―」の魅力
日本国内にある約300軒のワイナリーのうち、80軒以上ものワイナリーがある山梨県は国内最大の日本ワインの産地であり、日本のワイン発祥の地として知られています。なかでも、甲府盆地東部の峡東地域(甲州市・山梨市・笛吹市)は60軒以上もの特色あるワイナリーの集積地であり、2018年には「葡萄畑が織りなす風景―山梨県峡東地域―」として「日本遺産」に認定されました。認定の背景や峡東地域におけるぶどう栽培、ワイン製造の歴史・文化などについて、山梨県庁観光文化部観光資源課の小林 江美子主査にお話しいただきました。
「日本遺産」に認定された日本一のぶどう産地
本州のほぼ中央に位置する山梨県は、富士山、南アルプス、八ヶ岳、奥秩父山地など標高2000~3000m級の山々に囲まれており、その中心部に甲府盆地があります。周囲の山々が雨雲を遮り、梅雨や台風の影響を受けにくいため年間の降水量が比較的少なく、日照時間が長いのが特徴です。また、盆地気候特有の昼夜および夏と冬の寒暖差が激しく、風が弱いといった特徴もあります。
こうした自然環境を生かし、甲府盆地東部の峡東地域(山梨市、笛吹市、甲州市の3市の総称)では、ぶどうや桃といった果樹栽培が盛んに行われています。峡東地域におけるぶどう栽培の歴史は古く、その起こりは奈良時代とも鎌倉時代とも言われています。そして、戦国時代から江戸時代にかけては竹を使った棚で栽培されるようになりました。もともとぶどうは乾燥を好む果物であるため、通風が良くなる棚栽培は生育に適していたのです。
明治時代になると、竹に代わって自由に加工できるワイヤーが導入され、どのような地形でも棚が作れるようになったことからさらに棚栽培が拡大。屋根状に広がる葉の間からシャンデリアのようにぶどうの房がぶら下がる光景は実に美しく、まさにこの地域の原風景となっています。
ぶどう栽培からワイン醸造へ独自の「葡萄酒文化」を醸成
一方のワインが日本で造られ始めたのは幕末のことです。その後、明治政府の殖産興業政策の一環として、ぶどう栽培が盛んな山梨県で1876年(明治9年)に甲府城跡に勧業試験場が開設され、全国に先駆けて葡萄酒醸造所が開かれました。また、1877年(明治10年)には峡東地域にあった日本初の醸造会社が2人の青年をフランスに派遣し、本格的なワイン醸造に取り組みました。以来、多くの人たちが試行錯誤を繰り返しながらワインの醸造と普及に情熱を注ぎ、この地では独自の「葡萄酒文化」が形成され、定着していったのです。
例えば、1900年(明治34年)にはぶどう生産農家がぶどう価格の安定に取り組むために組合を組織し、ワイン醸造をスタート。組合員の間で冠婚葬祭はもちろん、日常生活でもワインを飲用する「葡萄酒愛飲運動」が始まり、ワインは農家にとって生活に密着した身近な飲み物となっていきました。実際、山梨県ゆかりの作家、太宰治が甲府に逗留した際のことを書いた小説『新樹の言葉』には次のような一節があります。 「押し入れから甲州産の白葡萄酒の一升瓶を取り出し、茶呑茶碗でがぶがぶのんで、酔って來たので蒲團ひいて寝てしまった」
このいきいきとした描写は、峡東地域でワイン文化が浸透し、ワインが独自の飾らない楽しみ方で飲まれていたことを見事に表現しています。こうした農家中心のワイン文化が、現在の峡東地域における本格的なワイン醸造、そして日本一のワイナリー集積地の基盤となっているのです。
ワインを核に地域の魅力を堪能 周遊・滞在型の観光地を目指す
峡東地域では「地域の様々な資源を楽しみ、ゆったり滞在するワインリゾートの創出」をコンセプトに、峡東地域の3市と山梨県、地域の民間団体などで構成する「峡東地域ワインリゾート推進協議会」を2016年に設立しました。これは日本遺産への認定(2018年)を視野に入れて、地域の歴史的魅力、ぶどうをはじめとした農業景観、それらを形作ってきた地域の文化財などにあらためて光を当て、地域に埋もれた観光資源の掘り起こしと活用を目的としたものです。現在は官民協働の下、ワインを核に多くの来訪者がゆっくりと地域の魅力を体感、堪能できる周遊・滞在型の観光地を目指した取り組みを推進しています。
その一環として、峡東地域では年間を通じてワイナリーや宿泊施設、観光施設などでワインにちなんださまざまなイベントを開催しています。例えば、毎年11月3日には山梨県産の新酒「山梨ヌーボー」が解禁となり、県内各地で新酒を楽しむイベントが開かれます。また、自転車でぶどう畑沿いをサイクリングする「山梨フルーツライド」(例年8月下旬に開催、今年は開催未定)や峡東地域のワイナリーを巡る「ワインタクシー」の運行なども展開されています。
さらに、峡東地域特有のワイン文化は神事にまで及んでおり、笛吹市の一宮浅間神社では祭神の木花開耶姫命が酒造りの神であることから、1965年(昭和40年)頃からワインの奉納を実施。県内ワイナリーの約半数に当たる40軒ほどが3月半ばに一升瓶ワインを奉納し、参拝者に御神酒としてワインが振る舞われます。また、今ではぶどうの豊作と良質なワインの醸造を祈願してコルク栓を供養する地域独特の祭事もあわせて行われています。
峡東地域に点在する 個性豊かなワイナリー
ワイナリーと一口にいっても、その規模や個性は千差万別です。峡東地域のワイナリーも歴史のあるワイナリーから新規参入したワイナリー、大型観光バスにも対応できる大規模なワイナリーから家族経営の小さなワイナリーまで多士済々となっています。また、同じぶどうの品種で造られたワインでも産地や製法や生産者のこだわりによって、異なる個性が生まれるのもおもしろいところです。ぜひ、峡東地域の個性あふれるワイナリーを巡り、歴史や文化、生産者のこだわり、味の違いを楽しんでいただきたいと思います。
新型コロナウイルスの影響を受け、ワイナリーをはじめ、峡東地域の宿泊・観光事業者は大きなダメージを受けました。そのような中でも、多くのワイナリーがオンラインツアーやインターネット販売を始めたり、感染対策を徹底し、参加人数を制限したワインイベントを開催したりと、さまざまな工夫を行いながら奮闘していますのでぜひ応援していただき、コロナ禍が収束したら、お越しいただきたいと思います。