中国会企画
2019年12月号
地元を支える老舗企業
賀茂鶴酒造株式会社
日本屈指の酒どころとして知られる広島県東広島市の西条。7つの酒蔵が軒を連ね、それぞれに個性的な酒を造り続けている。今回はその中でも「特製ゴールド賀茂鶴」を筆頭に圧倒的な知名度を誇る「賀茂鶴酒造」を訪ね、石井 裕一郎常務取締役に老舗企業としての歩みと現状、そしてこれからの展望について伺った。
「中庸」の酒造りを手掛ける
灘(兵庫県)や伏見(京都府)と並び称される酒都・西条。現在、酒蔵が並ぶ「西条酒蔵通り」の一帯はもともと西国街道(旧山陽道)の宿場町で、江戸時代には数軒の酒蔵しかなかったという。ところが、明治時代に入ると賀茂山系の豊かな伏流水があり、しかも冷涼な気候であったことから、その数が徐々に増加。さらに、日本屈指の精米機メーカーである(株)サタケ(現在)が開発した「竪型精米機」と広島杜氏が編み出した「軟水醸造法」が融合して吟醸酒が誕生。また、山陽鉄道(当時)が開通し輸送路を確保したことで、西条一帯は「吟醸酒のふるさと」とも呼ばれるようになった。
賀茂鶴酒造(株)は1873年(明治6年)に酒銘を「賀茂鶴」として創業し、その後、1918年に株式会社に組織変更。明治の頃から先進的な精米技術を積極的に取り入れ、1917年には全国酒類品評会で初の名誉賞を受賞。それ以降も西条を代表する酒蔵として日本全国にその名を馳せている老舗企業だ。
そんな賀茂鶴酒造が一貫して大切にしてきた言葉がある。それは「酒中在心」だ。「日本酒の原料は米と水と実にシンプルなので、造り手や農家の皆さんの心がはっきりと表れるのです。また、実際に消費者の皆様に飲んでいただくときには、酒を味わい、楽しむ心も酒に表れます。だからこそ、当社は『心』を重んじた酒造りにこだわり続けてきたのです」と、石井 裕一郎常務取締役は話す。また、2015年に逝去した元社長・会長の石井 泰行氏(石井常務の父上)も「私たちが売っているのは酒ではなく心だ。だからこそ、伝統と歴史を重んじながら真心をこめて酒を造らなければならない」とよく話していたという。
その信念の下、賀茂鶴酒造は「中庸」の味わいにこだわった酒造りを手掛けている。「酒には銘柄ごとにさまざまな個性がありますが、当社では『ほど良く薫り、料理を引き立てる』ことを念頭に置いた酒造りを続けています。おかげさまで、長年にわたって全国の料理店や食通の皆様方にご愛飲いただいています」と石井常務。
まさにその代表格といえるのが「大吟醸特製ゴールド賀茂鶴」である。1958年から発売している金箔入りの大吟醸酒で、今も圧倒的な人気を誇るロングセラー商品だ。石井常務によると、「香りと味わいのバランスが良く、料理を最高に引き立てる賀茂鶴の看板銘柄。父が東京支社長時代に飲食店を回って営業を続けたこともあり、都内でも多くの飲食店が今もこの賀茂鶴ゴールドを仕入れてくれています」とのこと。オバマ前大統領が「ゴールド賀茂鶴」を飲んだ銀座の銘店「すきやばし次郎」にも、昭和40年の開店から採用されている。
日本酒の多様性をアピールし日本酒離れに歯止めをかける
とはいえ近年、日本酒を取り巻く環境は年々厳しくなっている。事実、日本酒の国内出荷量は1998年には113万?だったが、2015年には55万?にまで減少してしまっている。「広島県民が地酒を飲む割合も著しく減少しており、これからはますます地域の内外に日本酒ファンをつくっていく取り組みが重要になります」と石井常務。賀茂鶴酒造ではその一環として、酒蔵の近くで佛蘭西屋という和洋食レストランを経営。広島県産の牛ほほ肉の日本酒・赤ワイン煮込みや具材を酒で煮込む美酒鍋など、日本酒と食のマリアージュを追求したメニューを堪能することができるという。「料理と日本酒の組み合わせ、さらには銘柄や燗酒などの飲み方の違いによってどのような変化が生まれるかを提案していくことで、日本酒の多様性と奥深さを感じていただきたいと思っています」と石井常務は話す。
それと同時に、地域に日本酒ファンを呼び込むための努力も進めている。その一つが西条の酒蔵と地域が一体となって取り組み続けてきた「酒まつり」というイベントだ。毎年10月上旬に開催され、西条の酒はもちろん、全国1000蔵の酒が試飲できるようになっており、2日間の会期中に25万人が訪れるという。「まちが一年で最も活気づく時です」と石井常務も微笑む。また、観光地としての魅力を向上させるために、賀茂鶴酒造ではこの10月に同社の蔵の1号蔵を見学室直売所としてオープン。展示や試飲スペースを拡充し、今まで以上に国内外の観光客が楽しめる空間にしたという。「西条は灘や伏見と異なり、酒蔵が1カ所に集中しているので、周遊する面白さ、楽しさがあります。そのあたりを他の酒蔵とも協力しながらアピールし、2020年に開催予定の『せとうち広島デスティネーションキャンペーン』(JRグループによる)などでも、積極的に観光客の皆さんを呼び込みたいと思います」と、石井常務は意気込んでいる。
「不易流行」という理念で新たな商品づくりにも挑戦
商品づくりにも新たな動きがある。「不易流行」という理念の下、法人設立100周年の節目である2018年から、幻の酒米「広島錦」と昭和初期に協会酵母として使用されていた「協会5号酵母(賀茂鶴酵母)」で「純米大吟醸広島錦」を醸しているのだ。石井常務は「新たな看板銘柄をつくろうという意気込みで、あらためて賀茂鶴らしい酒とは何かを考え、地元である広島の素材と向き合う中で生まれた酒です」と話す。芳醇な旨味とふくよかな甘み、そして大吟醸ならではの華やかさを兼ね揃えた酒に仕上がっているそうだ。ちなみに、ラベルに印字されたロゴデザインは「心」という文字をモチーフにしたものになっており、「酒中在心」の心構えが投影されている。
また、若者や女性の日本酒離れを意識し、若者や女性に日本酒をより身近に感じてもらえるような商品も展開している。梅酒でありながら純米酒の風味を楽しめる「賀茂鶴 純米酒仕込『梅酒』」などはその代表格で、既に県内外の若者や女性たちから親しまれているという。さらに、製パンメーカーの(株)アンデルセン(広島市)とコラボし、この梅酒に漬け込まれていた梅の実を使った「梅酒梅クーヘン」などのスイーツも販売している。「依然として日本酒の国内需要は減少傾向にありますが、こうした取り組みで少しずつ消費者の裾野を広げていきたいですね」と石井常務は目を輝かせる。
その一方で、近年は海外の市場にも目を向けている。「もともと当社は明治、大正時代から日本酒の輸出を手掛けていましたが、中国などアジアの和食レストランを中心に輸出が伸びてきました」と石井常務。
ただし、いくら人気が出たからといって、次々に出荷すればいいというわけではない。「日本酒は保存や管理、提供の仕方でその質が大きく変化してしまいます。そこで時折、営業社員を現地に派遣し、和食レストランなどで日本酒の取り扱い方を説明するといった機会を設けるようにしています。そうやって、信頼のおける飲食店やインポーター、ディストリビューターと組むことで、日本酒の素晴らしさを広めていきたいと考えています」と石井常務は話す。
2023年には創業150周年を迎える賀茂鶴酒造だが、「これからが正念場です」と石井常務。「日本酒不況を乗り越え、次の100年、200年を見据えるためにも、あらためて個人、飲食店などのお客様と向き合い、賀茂鶴ファンを増やしていかなければなりません」と力強く語っている。
賀茂鶴酒造株式会社
- 所在地
- 広島県東広島市西条本町4-31
- TEL
- 082-422-2121
- URL
- https://www.kamotsuru.jp/