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昭和歌謡とシティポップ

VOL.2

Z世代をはじめとした若者たちの間で、懐かしの昭和歌謡・シティポップが流行しています。
はたしてなぜ、このような現象が生じているのでしょうか、そしてどんな楽曲が受け入れられているのでしょうか。
4月号に続き、「昭和」に精通したライター、田中 稲氏にそのあたりを紐解いていただきました。

田中 稲たなか いね

田中 稲たなか いね

ライター/アイドル、世代、懐かしブーム、昭和歌謡を中心に執筆活動を展開中。『昭和歌謡 出る単 1008語』(誠文堂新光社)、ライフスタイル誌『CREA』のWEBサイトでコラム「田中稲の勝手に再ブーム」(https://crea.bunshun.jp/list/tanakaine)を連載中。

 和歌謡やシティポップのカバー曲がヒットしたり、若者たちの間でリバイバルしたりすることが増えていますが、その背景にはこれらの楽曲に盛り込まれた「エモさ」(感情が揺さぶられて、何とも言えない気持ちになること)があるように感じています。歌詞にストーリーや情緒が満ちているだけでなく、「歌詞を聴かせる」ことを重視したメロディやテンポが、そのエモさをグッと引き立て、若者たちの心を掴んでいるように思うのです。

 エモさの表現方法が作詞家ごとに大きく異なる点も見逃せません。例えば阿木 燿子の歌詞には、『横須賀ストーリー』(山口百恵)に代表されるようにドラマチックで、まるで一本の映画のような重厚さがあります。また、阿久 悠の歌詞には『舟唄』(八代 亜紀)のように、一つひとつの語句を紡いでいくと壮大なイメージが浮かび上がる詩情があります。こういった作詞家ごとの個性に向き合いながら、それぞれの歌詞のエモさを噛みしめてみるのもいいでしょう。

 私が昭和歌謡にのめり込むきっかけになった『落陽』(作詞:岡本 おさみ、作曲:吉田 拓郎)にもエモさがたっぷりと詰まっています。冒頭の「しぼったばかりの夕陽の赤が 水平線からもれている」という一節を初めて耳にしたときには、「夕陽の色を表現するのに『しぼったばかり』とは、なんてすごい表現なんだろう」と度肝を抜かれました。夕陽の鮮烈な赤色がオレンジのイメージと重なり、それがギュッとしぼられ、ジュワリと海に溶けて染み込んでいる。そんな美しい情景が想起されるとともに、オレンジの甘酸っぱさがいろんな人たちの人生模様とも折り重なっていくような思いがしたのです。これこそがまさにエモさの真骨頂であり、きっと今の若者たちも同様の感動を求めて、昭和歌謡やシティポップに耳を傾けているのではないでしょうか。ちなみに、岡本 おさみは吉田 拓郎とともに、その他にも『旅の宿』『祭りのあと』など情緒溢れる素晴らしい楽曲を手掛けており、そのいずれもがエモさに満ちた名曲となっています。

 昭和歌謡やシティポップには世代を越えたエモさがありますが、聴く人の年齢や経験に応じて、その感じ方が変わってくるのも面白いところです。実際、青春時代に聴いていた楽曲を聴き直してみると、意外な魅力に気付けたり、新たな感じ方ができたりするものです。押し入れの中にしまい込んでいるレコードやCDを引っ張り出したり、「Spotify」をはじめとした音楽系のサブスクリプションサービスなどを活用したりして、時には思い出の曲と向き合ってみてはどうでしょうか。サブスクリプションサービスを使えば、最近になってセルフカバーされた楽曲や他のアーティストがカバーした楽曲を見つけることもできるので、オリジナル版と聴き比べてみるのも一興でしょう。より新鮮な気持ちで思い出の曲と向き合うことができるかもしれません。

 人生100年時代にあって、心地良い音楽を聴いたり、歌ったりすることは健康寿命にも貢献するのではないかと言われています。あらためて昭和歌謡やシティポップに耳を傾け、心身ともに活力を得てみませんか。

いちおしのシティポップ・昭和歌謡の楽曲

舟唄

『舟唄』

八代 亜紀
作詞:阿久 悠
作曲:浜 圭介

1979年に発表された八代 亜紀の代表曲。阿久 悠による「ぬるめの燗」「あぶったイカ」「無口なひと」といった印象的な語句と八代 亜紀のハスキーボイスが相まって、唯一無二の詩情を醸し出している。

落陽

『落陽』

岩崎宏美
作詞:阿久 悠
作曲:筒美京平

1973年に発表された吉田 拓郎を代表する楽曲で、岡本 おさみの実体験に基づいた歌詞はリアリティと情緒に満ちている。さまざまなアーティストにカバーされているので、聴き比べてみるのも面白い。

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