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会計人のリレーエッセイ

2021年03月号

歴史の点と線

山内 賢二

東北会

福島県郡山市山内 賢二

 税理士業を開業して、以前より自分で日程調整等が可能となったので、仕事の合間に気分転換も兼ねて小さな旅をしている。40年前に研修旅行で武田信玄の隠し湯と言われた石和温泉に行ったことがあったので、仕事が一段落したある日訪れた時のことである。

 ホテルにチェックインした際、フロントの脇に武田信玄の名言と書かれた額が掲げてあったので、何気なく見ると「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人の儚さ」とある。エッ、これは江戸庶民に「鍋・釜の金気をとるなら上杉様」(鍋・釜を初めて使う時に出る鉄分を除くには、上杉と書いた紙を貼っておけばいい)とからかわれるほど財政窮乏がひどかった米沢藩を改革した上杉鷹山の「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」と同じではないかと思った。

 また、上杉鷹山の名言の中に「してみせて言って聞かせてさせてみる」というのがある。これも山本五十六の「やってみせ 言って聞かせてさせてみせ 褒めてやらねば人は動かじ」と同じではないかと感じた。後日、長岡市にある山本五十六記念館に行った時、『山本五十六のことば』という本を購入した。その中に「仕事を教えるのでも 讃めてやると云うことが秘訣のようです。讃めるということは馬鹿な奴をおだてると云うことではなく、共に喜ぶことなのです」とある。ナルホド。今ならよく理解できる。

 会津若松市にある本光寺に、長岡藩士殉節の碑というものがある。戊辰戦争で長岡藩家老の山本帯刀が率いる長岡兵は、長岡城陥落後に会津で奮闘したが、多くが戦死、14名が生け捕りとなったが全員降伏を拒否、斬首された。この山本家を嗣いだのが山本五十六である。

 もともと歴史には興味があった。会津若松で仕事をしていた時、戊辰戦争後120年は経過していたが、現在でも会津では「戦争」というと太平洋戦争でも日清・日露戦争でもなく、戊辰戦争のことを話す人や、「アラブ、イスラエルは2000年、戊辰の怨みはまだ120年」と言う人が多くいたのに強烈な印象を受けたことを今でも覚えている。 しかし戊辰戦争から150年が既に過ぎた今日、会津でも戊辰戦争観が大きく変わったと感じている。現在新型コロナウイルスの流行で"旅する"ことを自粛しているが、コロナが収まったらぜひ、鹿児島と萩は訪れてみたいと考えている。

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