CHANNEL WEB

シリーズ企画

2021年03月号

同一労働同一賃金のポイント

今年4月からいよいよ「同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法)」が中小企業にも導入されることになります。 そこで、今回はこの制度が施行されることになった経緯や、就業規則や賃金規定を改定する際のポイントなどについて、 社会保険労務士法人加藤マネジメントオフィス代表社員の加藤 千博氏に解説していただきました。

加藤 千博 氏

社会保険労務士法人
加藤マネジメントオフィス
代表社員

加藤 千博 氏

1988年、青山学院大学経済学部経済学科卒業。同年、イタリア ペルージャ大学イタリア語学科専攻(2年間)。90年、ファッション関連会社 イタリア駐在員事務所開設。イタリアを中心にヨーロッパの一流ホテルや一流レストラン、高級ブランド店などのサービスを学ぶ。帰国後はファッション関連会社、不動産会社、飲食店(イタリアンレストラン)、デザイン企画会社など、多くの会社経営に携わると同時に従業員の福利厚生を向上させるため、人事評価制度設計、賃金制度設計に尽力。2010年、コンサルティング会社 センズプランニング設立。13年、社会保険労務士法人 加藤マネジメントオフィス設立。17年よりMJS税経システム研究所 客員講師。

格差の解消を目指して同一労働同一賃金を導入

 厚生労働省のホームページによると、「同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法)」の導入は「同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すもの」とあります。大企業については既に2020年4月1日から施行されており、中小企業は21年4月1日からいよいよ施行されることになっています。

 そもそも、同一労働同一賃金が導入された背景には、正規社員と非正規社員との間にある格差が拡大し過ぎたことがあります。その転換点となったのはバブル経済の崩壊です。長引く不況の中で都合のいい時に雇用したり、解雇したりすることができる「派遣」という雇用形態が一気に拡大していったのです。実際、日本に存在する派遣会社の数は2万社以上と世界最多で、2位のアメリカが数千社であることを考えると、いかに派遣ビジネスに依存しているかが分かります。そしてそれに伴い、正社員と派遣社員の格差や派遣切りなどの弊害も拡大。いよいよもって看過できない状態となり、もともと問題視されていたパートやアルバイト、契約社員などの待遇改善も踏まえ、非正規社員の働き方を全般的に見直そうという機運が高まったのです。

 では、それ以前はどうだったかというと、実は労働契約法20条、パートタイム労働法8条・9条において、既に正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差は禁止されていました。しかし、それでは十分な効果が認められないということで、このほどあらためて同一労働同一賃金が導入されることになったのです。ちなみに、同一労働同一賃金の導入にあたっては罰則などが特別に設けられているわけではありませんが、この法律を根拠に非正規社員が損害賠償請求などを起こす可能性は多分にありますし、早くも大企業を対象にいくつかの訴えが起こされています。現在、日本企業で働く社員のおよそ4割が非正規社員と言われていますから、そのインパクトはかなりのものになるでしょう。

賃金体系の中で企業側が注意すべき点

図1非正規社員による訴訟事例

 次に同一労働同一賃金の導入を受けて、企業側がどのような点に注意すべきかを紹介していきたいと思います。経営者の中には"同一労働同一賃金"という言葉のイメージから「正社員と非正規社員の賃金体系を全く同じにしなければならない」と思っている方もいらっしゃいますが、実際はそうではありません。あくまで問題視されているのは不合理な待遇差であり、正社員と非正規社員の業務内容が明らかに異なっている場合は、その内容に基づいた就業規則や賃金制度を労使話し合いの上で設けることで、異なる賃金体系にすることが可能です。現に多くの企業では正規社員の方が非正規社員に比べて責任のある仕事を任されることが多く、急な対応などに追われることも多いはずです。まずはそういった相違を明確にした上で、就業規則や賃金制度を設けることが必要なのです。

 この就業規則や賃金規定の見直しにあたっては、基本給だけでなく、賃金体系におけるさまざまな要素を加味しなければなりません。例えば諸手当や賞与、退職金についても、不合理な待遇差が生じないように注意する必要があるのです。そこで、ここからは各要素に関して見直しのポイントをチェックしてみたいと思います。

 まずは諸手当について検証してみましょう。以前であれば正社員にだけ諸手当があっても大きな問題にはなりませんでしたが、同一労働同一賃金が導入されるとそういうわけにはいきません。例えば正社員に通勤手当を支払っているのであれば、非正規社員も通勤しているので支払う必要が生じるわけです。もちろん、住宅手当や家族手当といったものも同様の取り扱い方になるので、さまざまな諸手当が非正規社員にも支払う対象となります。特に手当の種類が多い企業にとっては、その分だけ膨大な支出が発生してしまう可能性があると言えます。

図2 労働契約法第20条を巡る5訴訟の判決

図3 正規雇用と非正規雇用の間で不合理な待遇差の基準となる4要素

 ただ、この場合も就業規則や賃金規定を労使にて協議することで、ある程度バランスを取ることができます。具体的には諸手当が正社員に一律支給となっている場合は、その内容を精査してみてはいかがでしょうか。例えば、住宅手当については一律に支払っている企業が多いかと思いますが、実際には実家暮らしが長い社員も多いはずなので、そのあたりを加味した制度設計にすることで、正社員に支払っている手当と非正規社員への手当のバランスをとることができるはずです。また、諸手当の種類が多い企業の場合は、基本給に一本化してしまうのも一案です。もちろん、その際には基本給に関する就業規則や賃金規定を改定する必要がありますが、労使が協議の上で一本化の方向性を模索することは、諸手当の見直しを一つずつ図るよりはるかに効率的に事を進めることができるはずです。

 次に賞与について考えてみたいと思います。賞与は企業によって査定方法が異なりますが、一般的には業績や行動の成果に対する報酬あるいはモチベーション向上のために支払われるケースが多いと思います。こうした査定方法が企業によって異なることは全く問題ありませんが、正社員には賞与が支払われたのに、同じような業務をして、同じような成果を上げた非正規社員に賞与が支払われなかったとなれば、不合理な待遇差であるとみなされてしまいます。ですから、この場合も明確な理由に基づいた賞与を支払うような仕組みづくりが重要になります。

 また、賞与に関してはもう一つ注意しておきたいことがあります。企業の中には「基本給の●カ月分」といった査定方法を設けているところもあるかと思いますが、先述したように諸手当を廃止して基本給を一本化する場合、賞与の金額が跳ね上がる可能性が考えられます。ですから、諸手当の廃止といった対策を検討する場合は、併せて賞与の査定方法についても協議するようにしてほしいと思います。

 最後に紹介しておきたいのが退職金です。実をいうとこれが最も注目されている問題かもしれません。その契機となったのは、東京メトロの子会社であるメトロコマースの事案です。同社の非正規社員4名が、退職金がないなどの待遇格差があるとして損害賠償を求めたところ、19年の東京高裁で「長期間勤務した契約社員に退職金の支給を全く認めないのは不合理」という判決が下されたのです。ただ、この判決には続きがあります。その後、メトロコマースが最高裁に持ち込んだところ、①職務内容②配置の変更範囲③職務の変更範囲④その他の事情に鑑み、「不合理とまでは評価できない」「正社員にのみ課せられる責任や業務がある」といった判決が下り、非正規社員の訴えが棄却されることになったのです。

 最終的に退けられたとはいえ、この事件は世間的にも大きく報じられたので、非正規社員の間でも退職金に関する意識が高まるきっかけになりました。しかし、中小企業の大半は非正規社員の退職金制度を設けていないはずです。また、多くの中小企業は非正規社員に対して退職金を支払えるだけの資金的な余裕がないでしょうから、就業規則と賃金制度の見直しを図る際には退職金制度に関しても詳細を明らかにしなければなりません。

就業規則や賃金規定を改定する際のポイント

 では、就業規則と賃金規定の改定にあたっては、どのような点に注意すべきでしょうか。その最たるものは、正社員と非正規社員の双方が納得するように議論を交わすことです。ここまでさまざまなポイントを紹介してきましたが、例えば諸手当を廃止するという対策を講じる場合、正社員にとっては自分たちのインセンティブを失うことになってしまいます。また、諸手当を給与に一本化するケースにしても、場合によってはトータルの収入が落ち込んでしまうかもしれません。そうなると、非正規社員の不満を解消することはできても、正社員の不満が生じてしまう恐れがあるわけです。基本給や諸手当、賞与、退職金を個別に捉えるのではなく、全体のバランスを取りながら、正社員も非正規社員も、そして企業もできる限り損をしないような制度設計を目指していただきたいと思います。

 また、非正規社員の正社員登用を積極的に進めるという方法もあります。特に正社員と非正規社員の業務内容があまり変わらない場合、これは実に有効な対策になるでしょう。現に私の顧問先でも正社員登用を積極的に進めている企業があり、それを全体のレベルアップやモチベーションアップにつなげています。その一つとして、あるIT企業のケースを紹介したいと思います。同社はもともと6名の契約社員を雇用していましたが、その全員が正社員になることを希望しておらず、給与は年俸で支払われていました。しかし、今回の同一労働同一賃金の導入を受けて、企業側は契約社員に正社員になるか、個人事業主になって外部委託という形をとるかという選択肢を提示。その結果、契約社員たちはそれぞれ納得の上で、自分が進みたい道を選ぶことができましたし、企業としてもコストと手間をかけずに同一労働同一賃金に対応することができたわけです。社内に十分な働きをしている非正規社員がいるのであれば、こうした事例を参考に正社員登用や正社員登用制度の構築に踏み切ってみてはどうでしょうか。うまくいけば同一労働同一賃金に対応しながら、社員のモチベーションアップを図ることができると思います。

 ただ、一方でアルバイトを多数抱えている飲食チェーンなどでは、金銭的な負担を考慮すると急に正社員登用を推進するわけにはいきません。コロナ禍で売上げが激減している今日にあっては、なおのことです。飲食チェーンなどに関しては厳しい時期が続きますが、雇用調整助成金などを最大限活用して、何とかこの窮地を乗り切ってほしいと思います。

事務所内の対応を進めつつ顧問先への周知と提案を

本誌アンケートに答えた方に毎月抽選で

 もちろん、こういった注意点は会計事務所にも当てはまります。とりわけ会計事務所はパートを雇用しているケースが多いので、注意しなければなりません。その際に大事なのはパートの業務内容を明確にしておくことです。仮にパートをはじめとした非正規社員に正社員と同じような業務を任せるのであれば、同一労働同一賃金に則らなければならないからです。そこで、当事務所では正社員と非正規社員の業務内容を明確に分けていますし、どんなに忙しくてもパートには原則、残業をさせないようにしています。同一労働同一賃金の導入にあたっては、このように事務所内の働き方改革を進めることも大切なのです。

 中小企業に同一労働同一賃金が適用されるまで、もうわずかな時間しかありませんが、ぜひとも税理士の皆様には中小企業のリスクヘッジのためにも、就業規則や賃金規定の見直しを提案いただきたいと思います。税理士の皆様は私たち社会保険労務士以上に、経営者の相談を受ける機会が多いかと思うので、この記事を参考に同一労働同一賃金の導入にあたってのポイントをお伝えいただき、周囲の社会保険労務士などとともに対策に乗り出していただければ幸いです。

▲ ページトップ