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東北会企画①

2021年03月号

煉瓦倉庫を「文化創造の拠点」に再生
「弘前れんが倉庫美術館」の魅力

明治・大正期に建設され、日本初の大規模なシードル醸造所などとして約100年の歴史を刻んできた青森県弘前市の「吉野町煉瓦倉庫」が、昨年7月に「弘前れんが倉庫美術館」として生まれ変わりました。現在は国内外の先進的な現代アートの他、弘前と東北地域に根ざした芸術作品などが展示されています。この地におけるシードル製造の歴史とともに、同美術館の特徴や展示内容について広報担当の大澤 美菜氏にお話しいただきました。

市民の要望を受けて煉瓦倉庫を美術館に

 「弘前れんが倉庫美術館」の特徴の一つに煉瓦造りの建物が挙げられるので、まずはその由来からご紹介します。青森県津軽地方の中心都市として発展してきた弘前市(人口およそ17万人)は、リンゴの年間生産量が約10万tで日本の総生産量の20%を占める日本一のリンゴ産地です。

HIROSAKIMUSEUMCOMTEMPORARYART
金色に輝く「シードル・ゴールド」の屋根

金色に輝く「シードル・ゴールド」の屋根。
かつてここで造られていたシードルを思わせ
る色。正方形のチタン材を約1万3000枚使用
した「菱葺(ひしぶき)屋根」になっている
cNaoya Hatakeyama)

 そんなリンゴ王国弘前で日本初の「シードル」が造られたのは1954年のこと。当時の吉井酒造と朝日麦酒が共同で朝日シードル(株)を設立し、56年から本格的な欧風シードルの販売を開始しました。この国産シードルが作られたのが当館の建物だったのです。シードル製造は65年に終了となり、その後は政府備蓄米の保管庫として使われていました。そうした中、80年代頃から近代産業遺産であると同時にまちの大切な風景である煉瓦倉庫を残し、文化的に活用したいという弘前市民の声が大きくなり、2015年に弘前市が吉野町煉瓦倉庫の土地と建物を購入。さらに改修・再生工事などを経て、昨年7月11日に「弘前れんが倉庫美術館」としてグランドオープンしたのです。

「記憶の継承」と「風景の再生」をコンセプトに改修を実施

 今回の改修工事の建築設計を手掛けたのはパリを拠点とする建築家の田根 剛氏です。改修にあたっては「記憶の継承」をコンセプトに掲げ、できる限り煉瓦倉庫の素材を活用し、耐震補強をしながら、残せるものはなるべく残すことを前提に工事が進められました。そして2年がかりの工期を経て、高さ15mの大型展示空間を含む5つの展示室、貸出用の3つのスタジオ、市民ギャラリー、ライブラリー、カフェ&レストラン、ミュージアムショップが完成しました。

 特にユニークなのは展示室です。一般的な美術館では「白い展示空間(ホワイトキューブ:白い立方体)」を造ることが多いのですが、当館ではホワイトキューブは1室のみとなっており、その他の展示室にはコールタールが塗られた黒い壁やリベットが打ち込まれた鉄の柱など、煉瓦倉庫の昔の質感が残されています。

 また、金色の屋根にも注目していただきたいと思います。かつてシードルが作られていた歴史を未来へつなぐため「シードル・ゴールド」カラーのチタン製の板にふき替えました。光の当たり具合によって微妙にその色合いが変化するようになっており、さまざまな表情を見ることができます。

2階のライブラリーは、展覧会の関連書籍をはじめ美術や郷土の本を閲覧できる<br> 撮影:小山田邦哉

2階のライブラリーは、展覧会の関連書籍をはじめ美術や郷土の本を閲覧できる
撮影:小山田邦哉

夜にはまたひと味違う表情を見せてくれる。明治期の煉瓦壁が残る左側の棟はカフェショップに生まれ変わった cNaoya Hatakeyama

夜にはまたひと味違う表情を見せてくれる。明治期の煉瓦壁が残る左側の棟はカフェショップに生まれ変わった cNaoya Hatakeyama

奈良美智《A to Z Memorial Dog》2007年 cYoshitomo Nara Photo: Naoya Hatakeyama

奈良美智《A to Z Memorial Dog》2007年 cYoshitomo Nara Photo: Naoya Hatakeyama

弘前れんが倉庫美術館は2020年度グッドデザイン賞を受賞 cNaoya Hatakeyama

弘前れんが倉庫美術館は2020年度グッドデザイン賞を受賞 cNaoya Hatakeyama

現代アーティストの多様な作品を紹介

 こうした環境の中で、当館では現代アートを中心にコレクション・展示を行っています。21年度の展覧会は春夏プログラム「りんご宇宙―Apple Cycle/Cosmic Seed」(4月10日~8月29日)と秋冬プログラム「りんご前線―Hirosaki Encounters」(仮)(9月18日~22年1月30日予定)を開催予定です。イギリスのケリス・ウィン・エヴァンスが当館のために制作した新作コミッションワーク(委託制作)を基点に、複数のアーティストが参加し、りんごをめぐる豊かな思考と想像を発展させた作品を展示いたします。

ひとくちメモ

 また、煉瓦倉庫が美術館に生まれ変わったきっかけの一つである、改修前の煉瓦倉庫で開催された奈良美智さんの展覧会「YOSHITOMO NARA+graf A to Z」(2006)の後、展示会を支えたボランティアへ感謝の気持ちとして制作された《A to Z Memorial Dog》を長期展示しています。エントランスに展示されている真っ白な犬の彫刻作品はまさに美術館の顔とも言える存在です。

 さらに、ライブラリー(旧搾汁室)には美術書籍や青森県に関連する図書を豊富に揃えました。ライブラリーはどなたでも無料で入れますので、気軽に利用していただきたいと思っています。その他、シードル工房が併設されているカフェ&レストランでは新鮮な地元食材を使ったランチ、ディナー、リンゴを使ったデザートなどをたくさんご用意しておりますので、どうぞ気軽にお立ち寄りください。

 まだ開館して間もない美術館ですが、地域と世界、過去と現在・未来を結ぶ「クリエイティブハブ」としての文化の拠点を目指していきたいと思います。その一環として、当館を含む県内5館(弘前れんが倉庫美術館の他は、青森県立美術館、国際芸術センター青森、十和田市現代美術館、八戸市新美術館(今年夏秋開館予定))の美術館連携プロジェクトにも参加し、青森の現代アートを県内外に発信する活動を展開中です。青森にお越しの際は、当館とあわせてこれらの現代アートスポットにも足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

地元の新鮮な食材を使ったメニューやシードルの飲み比べセットなども提供している

地元の新鮮な食材を使ったメニューやシードルの飲み比べセットなども提供している

カフェではリンゴを使ったデザートも楽しめる。カフェのみも利用可能

カフェではリンゴを使ったデザートも楽しめる。カフェのみも利用可能

CAFA & RESTAURANT BRICK。奥にあるのはシードル工房

CAFA & RESTAURANT BRICK。奥にあるのはシードル工房

市民ギャラリー。エントランスから中に入ると床と壁は煉瓦で覆われ、あたたかく開放的な空間  撮影:小山田邦哉

市民ギャラリー。エントランスから中に入ると床と壁は煉瓦で覆われ、あたたかく開放的な空間  撮影:小山田邦哉

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