今注目の思考法にクローズアップ
「PDCAサイクル」はもう古い⁉
「OODAループ」という思考法
ビジネス環境の変化が激しい昨今、「PDCAサイクル」に代わり、 迅速な意思決定により最速で目標達成を目指す「OODAループ」が注目を集めています。 「Observe(みる)」「Orient(わかる)」「Decide(きめる)」「Act(うごく)」の頭文字を取ったもので、 社員一人ひとりのモチベーションや生産性の向上、そして自律分散型組織の形成に効果的とされています。 この新しい思考法について、アイ&カンパニー・ジャパンの入江 仁之代表にお話を伺いました。

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VUCA時代に必要なOODAループの思考法
「OODAループ」はアメリカ空軍のジョン・ボイド大佐が提唱した基本理論で、当初は戦闘機パイロットとして敵に先んじて確実に勝利するためのものでした。その後、ボイドが諸科学の知見を取り入れて汎用性を持たせた結果、「どんな状況下でも的確な判断・実行により確実に目的を達成できる一般理論」として欧米で認められるようになり、政治やビジネス、スポーツなどにまで取り入れられるようになっていきました。とりわけ、未来が予測不可能なVUCA時代※と呼ばれる昨今にあって、OODAループは世界中のビジネスパーソンたちから熱心に支持されています。
※VUCA時代…〝VUCA〟はVolatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなる状況のことを意味する。転じて、激しい変化が起こり、これまでの常識が覆される時代を示す。
私が初めてOODAループに接したのはアメリカのシリコンバレーにいた2008年頃のことです。既にシリコンバレーではOODAループが浸透しており、多くの先進的なIT企業がOODAループの思考法を活用して、さまざまなイノベーションを起こしていました。その中で私もOODAループを研究・実践したのです。そして、13年頃に帰国してからは、OODAループの導入に関するコンサルティングを実践。導入企業ではモチベーションや生産性が著しく向上し、中には10年で生産性が10倍以上になった企業もあります。
しかし、OODAループの知名度は日本において決して高くありません。そのため、PDCAサイクルとの違いについて問われることがありますが、この2つは全くの別物です。PDCAサイクルは予測可能な状況下において、P(Plan:計画)→D(Do:実行)→C(Check:評価)→A(Act:改善)を繰り返し、プラン通りに物事を進め、その効率化を図るフレームワークですが、OODAループはそもそも予測不可能な状況を前提にスピーディに目的を達成するためのフレームワークなのです。
図1にあるように思考法にはそれぞれ特徴があります。例えばロジカルシンキングは適用範囲が広く、複雑な問題でも整理・分析し、精緻に結論を導き出せるため、そのプロセスさえ間違えなければ誰がやっても基本的に同じ答えが出るという強みがありますが、答えを出すまでに時間がかかるという弱みがあります。

また、PDCAサイクルをはじめとした仮説思考は全体的にバランスがとれているものの、現代のように予測不可能な状況においては仮説が機能しないため、機能不全に陥ってしまうことがしばしばあります。
その点、OODAループには明らかな弱点がなく、どんなテーマにも、どんな状況でも、時間があってもなくても、誰でも使うことができるという強みがあります。そこで、ここからはOODAループについて詳述していきたいと思います。
ショートカットを活用しスピーディな事業展開を
OODAループは「O(Observe:みる)」「O(Orient:わかる)」「D(Decide:きめる)」「A(Act:うごく)」「L(Loop:みなおす)」という5つのプロセスで構成されているフレームワークです(図2)。そもそも人は誰でも、何かを見て理解し、判断して行動し、その結果を見直します。つまり、このプロセスは決して特別なものではなく、ごく一般的な思考・行動の流れなのです。

では、なぜOODAループを活用すれば、先述したようにスピーディに目的を達成できるのでしょうか。それは常に「みる」→「わかる」→「きめる」→「うごく」→「みなおす」というプロセスを経るのではなく、「ショートカット」を前提にしているからです。事実、ロジカルシンキングやPDCAサイクルではショートカットが禁じられていますが、OODAループにおいては図3・4にあるようにさまざまなショートカットのパターンが設けられています。


(図1・2・3・4)出典:『OODAループ思考[入門] 日本人のための世界最速思考マニュアル』
(著:入江仁之、発行:ダイヤモンド社)
OODAループではこうしたショートカットを活用し、何よりもスピードを重視します。「わかる」のプロセスでも、見たものを瞬時に自分なりに理解して納得することが第一で、場合によっては正しく理解する必要はないのです。特に領域Aのパターンについては、一般的なビジネスパーソンも慣れた業務や対応に関しては同様のショートカットを実践しているはずです。
もっとも、時にはその理解が間違っていることもあるでしょう。しかし、スピードが優先されている現代にあっては、サービスや製品の完成度よりも早くマーケットを創出し、顧客を獲得することが重要です。まずは試作品(β版)として世の中に製品やサービスをリリースした上で、自分たちのアイデアや仮説が正しいのか、どこを修正すべきなのかといったことを突き詰めていけばよいのです。
また、理解が間違っていた時には「みなおす」ことで理解を正すことが肝要です。目的が失敗に終わった場合は「わかる」ができていない可能性が高いので、領域Bのように「みる」に立ち返って、世界観を更新するようにしてください。ただ、反省に時間を費やす必要はありません。とにかく「みる」「わかる」を交互に繰り返すことで、世界観を更新し、再びOODAループを駆使していけばよいのです。実際、Googleはまさにそういったトライ&エラーを繰り返し、現在の地位を確立してきました。多くの日本企業はリサーチや作り込みに時間をかける傾向がありますが、それでは時代にも顧客にも取り残されてしまうのです。
第一原理を軸に世界観を更新する
ここまでの説明で気付いた方もいると思いますが、OODAループの中で最も重要なプロセスは「わかる」です。「わかる」とは、見たもの、気付いたことを自分なりに理解し、納得することです。私たちは何かを見た時、自分が持っている世界観(「〇〇とはこういうものだ」という認識や見方)に照らし合わせてそれを理解することで納得します。
つまり、この「わかる」の範囲が広ければ広いほど、先述したショートカットをスムーズに行えるわけです。ただ、OODAループにおける世界観には客観性だけでなく、その人なりの夢や理想といった主体性が含まれる必要があります。それを軸にすることで、ぶれることなく、一直線にスピーディに行動をとることができるのです。
さらに、この世界観が「第一原理」に基づいたものになっていれば、OODAループはさらにその真価を発揮することができます。第一原理とはアリストテレスが提唱した概念であり、物事の根本的な真理のことです。 例えば「ビジネス」の第一原理とは何でしょうか。一般的には「顧客満足度を高める」「顧客を幸せにする」といったことが想起されるかもしれません。しかし、これらはあくまで目的や手法に過ぎませんし、「満足」や「幸せ」の定義は人それぞれなので真理とは言えません。では、何がビジネスの第一原理かというと、①ニーズは多様であること②ニーズが変化すること③コンペティター(競争相手)がリアクト(反応)すること④リソースが有限であることが挙げられます。つまり、この4つの要素を包括できるビジネスを生み出し、スピーディに推進していくことが肝要なのです。
イノベーションを起こす人たちは、この第一原理を重視します。例えば、Amazonの創業者であるジェフ・ベゾスは「『今後10年でどんな変化があるか』とよく聞かれるが、『今後10年で変わらないものは何か』とはほとんど聞かれない。後者の方が重要だ。戦略は普遍的原理から構築できるからだ」と述べています。そして、こうした考えに基づき、ロングテール戦略(ニッチな商品の売り上げを積み重ねること)を描き、Amazonを生み出し、小売業界にイノベーションを起こしたのです。
OODAループが自律分散型組織をつくる
AI(人工知能)の性能が急伸すればするほど、人がやるべきことはどんどん少なくなっていくはずです。現在主流となっているANI(特化型人工知能)が、人間と同様に状況に応じた思考・判断ができるAGI(汎用型人工知能)へ進化を遂げたら、その傾向はますます顕著になるでしょう。PDCAサイクルのカテゴリーにある業務は全て人工知能やそれを搭載したロボットなどが担うようになると思います。であればこそ、人はAIとの差別化を図り、第一原理を軸にしながらOODAループを駆使し、イノベーティブなビジネスを創出していかなければなりません。
とはいえ、OODAループの思考法は一朝一夕で定着するものではありません。そこで、私はまず経営者にマンツーマンのワークショップを数回受けていただき、その上で会社の理念やビジョンを明確にしていきます。もちろん、しばらくすると従来の思考法に戻ってしまうことがあるので、その後も定期的に面談を繰り返し、OODAループを徹底的に定着させていきます。その後、その他の役員や社員にも広く浸透を図っていくことで、組織全体の意識変革を図っていくのです。

こうやってOODAループの思考法を組織全体で実践できるようになると、社員一人ひとりがおのずとポジティブになり、組織としてのモチベーションや生産性も向上していきます。しかも、第一原理に基づいた理念やビジョンが定まっていれば、自然とマネジメントが不要になり、自律分散型組織が形成され、モチベーションや生産性はさらに向上し、イノベーションも生み出しやすくなるでしょう。
固定概念に縛られたPDCAサイクルでは激動のVUCA時代を生き抜くことはできません。OODAループの思考法を取り入れて、ポジティブで自律分散型の人づくり、組織づくりを目指してみてはいかがでしょうか。