CHANNEL WEB

シリーズ企画

2021年10月号

改正労働施策総合推進法のポイント解説

改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が、2022年4月から中小企業も対象となります。これにより、企業はパワハラ防止のために必要な措置を講じなければなりません。では、実施するにあたって、どのような点に注意すべきなのでしょうか。同推進法のポイントと併せてご紹介します。

石山 卓磨 氏

大原大学院大学 学長

石山 卓磨 氏

1970年に早稲田大学第一法学部卒業、75年に早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。愛知学院大学法学部専任講師・助教授、獨協大学法学部助教授・教授、早稲田大学商学部教授、日本大学法学部教授を経て、2003年に弁護士登録。その後、日本大学法科大学院法学部の教授を務め、18年4月より 大原大学院大学教授に就任。20年4月より大原大学院大学会計研究科長、現職、大原大学院大学学長。また、MJS税経システム研究所・商事法研究会の座長も務める。

1 パワハラ防止法の施行

 パワーハラスメント(略してパワハラ)に関しては、かねてよりパワハラ防止法の法制化の必要性が指摘されていましたが、2019年5月に「改正労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」が成立しました。この法律は略して「改正労働施策総合推進法」あるいは「パワハラ防止法」と言われていますが、大企業においては20年6月から施行されており、中小企業では22年4月から施行されます。このパワハラ防止法は30条の2において、以下のように規定しています。

 「第1項:事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
第2項:事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
第3項:厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする。
...以下略...」

 この第3項に従い、20年1月、厚生労働省は、パワハラに関する行政上の基準として「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(以下「指針」と略称)を公表しました。

2 パワハラ防止法のあらまし

 パワハラ防止法により、事業主は、職場におけるパワハラ防止のため、雇用管理上必要な措置を講じる義務を負います。この措置の具体的内容としては、①パワハラ防止の社内方針の明確化とその周知・啓発、②苦情等に対する相談体制の整備、③被害労働者へのケアや再発防止などがあります。また、事業主は、労働者がパワハラ相談やパワハラ調査で証言したことなどを理由として、解雇などの不利益な取扱いをすることを禁止されます。

 厚生労働大臣(以下、「厚労大臣」と略称)においては、事業主に対してパワハラに対する雇用管理上の措置などにつき報告を求めることができ、必要なときは、助言・指導・勧告をすることができます。そして厚労大臣は、事業主がこの勧告に従わなかったときは、その旨を公表することができます。

3 パワハラの定義

 「指針」によれば、パワハラの定義は、職場において行われる、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすもの、となります。もっとも、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導についてはパワハラに該当しません。

 「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指します。当該労働者が通常就業している場所以外であっても、当該労働者が業務を遂行する場所はこれに該当します。「労働者」には正規雇用労働者のみならず、非正規雇用労働者(パートタイム労働者・契約社員等)を含む事業主が雇用する労働者の全てが含まれます。「優越的な関係を背景とした言動」とは当該事業主の業務を遂行するにあたって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものをいいます。

DATE

4 パワハラの類型

 「指針」が示すパワハラの類型としては、優越的な関係を背景としてなされる以下の行為があります。

(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)......

(ⅰ)殴打・足蹴り、(ⅱ)相手に物を投げつけること。ただし、誤ってぶつかることは該当しません。

(2)精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)......

(ⅰ)人格を否定するような言動(相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む)、(ⅱ)業務の執行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返すこと、(ⅲ)他の労働者の面前において大声で威圧的な叱責を繰り返すこと、(ⅳ)相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛へ送信すること。ただし、(ⅰ)遅刻など社会的ルールを欠く言動が見られ、再三注意しても改善されない労働者に対する一定程度の強い注意や、(ⅱ)当該企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行為を行った労働者に対する一定程度の強い注意は、該当しません。

(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)......

(ⅰ)自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させること、(ⅱ)一人の労働者に対して同僚が集団で無視し、職場で孤立させること。ただし、 (ⅰ)新規に採用した労働者を育成するための短期間集中的な別室での研修等の教育、(ⅱ)懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるため、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせることは、該当しません。

(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)......

(ⅰ)長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での、勤務に直接関係のない作業を命ずること、(ⅱ)新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること、(ⅲ)労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。ただし、(ⅰ)労働者を育成するために現状より少し高いレベルの業務を任せること、(ⅱ)業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せることは、該当しません。

(5)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じたり仕事を与えないこと)......

(ⅰ)管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること、(ⅱ)気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。ただし、労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減することは、該当しません。

(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)......

(ⅰ)労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること、(ⅱ)労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。ただし、(ⅰ)労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと、(ⅱ)労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すことは、該当しません。

5 事業主が雇用管理上講ずべき措置

 この種の措置としては、まず(1)事業主の方針などの明確化およびその周知・啓発を行うことがあります。これには、(ⅰ)就業規則その他の服務規律を定めた文書において、社内報・パンフレット・社内ホームページ・広報・啓発資料において、職場におけるパワハラを行ってはならない旨の方針を規定し、職場におけるパワハラの内容その発生原因・背景を労働者に周知・啓発し、そのための研修・講習などを行うことがあります。次に(2)相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備を行うことがあります。これには、(ⅰ)相談窓口を設置し労働者に周知すること、(ⅱ)担当者が相談に対して、内容・状況に応じて適切に対応できるようにすることなどがあります。その他、(3)職場において迅速・適切に対応すること、(4)再発防止に向けての措置をとることなどがあります。

パワハラCASESTUDY

6 顧問先へのアドバイス

 顧問先へは、パワハラの事前抑止策として、まず「指針」が示す以下の事項を伝えてください。それは、(1)パワハラ・セクハラ・マタハラ・育ハラなどの各種ハラスメントの相談窓口を一本化して相談に応じること、(2)職場における労働者同士のコミュニケーションの活性化・円滑化を図ること、(3)適正な業務目標の設定・適正な業務体制の整備・過剰な長時間労働の是正などを通じて、労働者に過度に肉体的・精神的負荷を強いる職場環境や組織風土の改善を図ることです。

DATE

 なお、パワハラを行う上司のタイプとしては、実際上、①瞬間湯沸かし器タイプ、②鬼コーチタイプ、③唯我独尊タイプ(オレが一番で、他人の言うことを聞かないタイプ)、④好き嫌いが激しいタイプ、⑤ストレスのはけ口タイプ(夫婦げんかのイライラなどをぶつけるタイプ)、⑥会社ぐるみタイプ(特定の従業員を会社全体でいじめようとするタイプ)などがあるとされています(注1)。顧問先へは、これらのタイプの人には注意するように伝えてください。

7 職場で起きる各種のハラスメント

 職場ではパワハラ以外にも、各種のハラスメントが横行する恐れがあります。事業主は幅広く認識を深めておかなければなりません。以下、いくつかのハラスメントについて付言します。

①セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)......

これは男女雇用機会均等法で規制されており、性的嫌がらせ・性的脅かしをいいます。保護の対象は女性のみならず男性も含まれます。事業主には防止のため各種の配慮義務・措置義務が課されており、LGBT(性的マイノリティの総称)への揶揄・嘲笑・侮辱行為も措置義務の対象となります。

②モラル・ハラスメント(モラハラ)......

これは言葉や態度によって相手の心を傷つける精神的暴力を指し、パワハラに類似しています。

DATE

③マタニティ(パタニティ)ハラスメント(マタハラ・パタハラ)......

これは妊娠・出産・育児に関するハラスメントで、女性のみならず、男性も保護の対象となります。

④ジェンダー・ハラスメント......

これは、固定的な男女の役割意識のもとに行われる女性・男性差別のハラスメントで、パワハラ・セクハラに発展する可能性があります。
事業主の皆さん、十分に気をつけてください。

▲ ページトップ