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近畿会企画

2022年02月号

「奄美・沖縄」世界自然遺産登録を
機に
注目されるエコツーリズム

2021年7月、鹿児島県から沖縄県の南西諸島にまたがる「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産に登録されました。これを機に、地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を伝えるエコツーリズムという観光のあり方が改めて注目を集めています。そこで今回は西表島と沖縄本島北部のやんばる地域に注目、西表エコツーリズム協会とやんばるリンクスを取材し、それぞれのエリアにおいてエコツーリズムが誕生した経緯や現在の状況、そしてエコツーリズムの魅力を伺いました。

浦内川観光の遊覧船でのジャングルクルーズ

浦内川観光の遊覧船でのジャングルクルーズ

「最後の秘境」ともいわれる西表島の原生林でのトレッキングツアー

「最後の秘境」ともいわれる西表島の原生林でのトレッキングツアー

西表島北部のテドウ山のさらに北側にあるピナイサーラの滝。沖縄県最大の54mの落差を誇る

西表島北部のテドウ山のさらに北側にあるピナイサーラの滝。沖縄県最大の54mの落差を誇る

独自の生物多様性を有する奄美・沖縄

 「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」(以後、「奄美・沖縄」)を含む南西諸島はかつて中国大陸の東端に位置していましたが、地殻変動や海面上昇によって大陸から分断されました。その後、長い年月にわたって外界と隔絶される中、各島の生物たちが独自の進化を遂げ、固有種・希少種の宝庫に。このようにもともと大陸の一部だった離島が独自の生物多様性を有しているケースは世界的にみても珍しいため、国際的評価を受け、世界自然遺産登録へと結びついたのです。 そしてこの奄美・沖縄では、生物多様性を育んだ大自然を舞台としたエコツーリズムが従来から盛んで、世界自然遺産登録を機にますます注目度が高まっています。

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多彩な自然を体感できる西表島のエコツアー

 環境省によれば、エコツーリズムとは「地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を伝える」観光のこと。2007年に施行されたエコツーリズム推進法では「自然環境の保全」「観光振興」「地域振興」「環境教育の場としての活用」がその基本理念とされています。つまり、エコツーリズムは単なるレジャーではなく、持続可能な地域づくりの一環として地元行政やガイド事業者、地域住民らの手で行われるべきものなのです。

 全国でもいち早くこのエコツーリズムに取り組んだのが西表島です。西表島エコツーリズム協会の徳岡 春美事務局長によれば、日本に初めてエコツーリズムの概念が入ってきた1980年代、島では開発の圧力の中、自然環境の保全と観光振興をいかに両立するかが議論され、その中で「地元のガイド事業者らが立ち上がり、外部研究者の力を借りながら地域資源の調査や勉強に乗り出した」といいます。その成果は94年に『西表島エコツーリズムガイドブック ヤマナ・カーラ・スナ・ピトゥ』(※1)にまとめられ、96年には念願の西表島エコツーリズム協会を設立。以来、このガイドブックが西表島におけるエコツーリズム推進のバイブルとなっているそうです。

やんばる地域、慶佐次湾のマングローブ林でのカヌーツアー

やんばる地域、慶佐次湾のマングローブ林でのカヌーツアー

備瀬集落のフクギ並木。なかには樹齢300年に及ぶものもあるという

備瀬集落のフクギ並木。なかには樹齢300年に及ぶものもあるという

渡久地集落の本部共同市場では、狭い路地が縦横無尽に広がっている

渡久地集落の本部共同市場では、狭い路地が縦横無尽に広がっている

 では、西表島ではどのようなエコツアーが体験できるのでしょうか。そのフィールドとなるのは、島の約9割を覆っているという原生林、源流から海に出るまでまったく護岸されていない県内最長の浦内川、そして日本最大規模を誇る仲間川のマングローブ林などで、いずれも数多くの固有種・希少種の動植物で満ち溢れています。島西部地区で観光事業を手掛ける合資会社浦内川観光の平良 彰健代表によれば、「これら複数のフィールドでのアクティビティを組み合わせ、島の多彩な自然をじっくり体感するのがオススメ」とのこと。例えば「遊覧船で浦内川上流の船着き場『軍艦岩』まで行き、そこからさらに山奥へと続く遊歩道をトレッキングしてマリユドゥの滝やカンピレーの滝を目指すコースの他、遊覧船が入っていけない小さな支流をカヌーでさかのぼったり、干潟に上陸してマングローブ林に棲む生物を観察したり、といったツアーが人気」だそうです。

沖縄本島最北端に位置する奥集落の辺戸岬

沖縄本島最北端に位置する奥集落の辺戸岬

※2 共同店......交通が不便な地域における
生活物資を確保し、集落の住民が共同で運営する
沖縄ならではの商店のこと。
奥共同店は1906年に生まれた最古の共同店。

 しかしこうしたエコツアーが話題になり、来島者が増えるにつれて、西表島では2000年頃からオーバーツーリズムによるさまざまな問題が持ち上がるようになりました。「特にカヌーツアーやトレッキングガイドなどを手掛ける事業者が激増したことで、ガイド間での知識や技術レベル、自然環境への配慮の指針などがバラバラになってしまった」と前出の徳岡事務局長。そこで16年には竹富町からの委託事業として協会が初のガイド実態調査を実施、ガイド事業者や自治体とともに西表島の陸域・海域の利用ルールを定める検討に入りました。そして現在、そのルールは竹富町西表島エコツーリズム推進協議会によって「西表島エコツーリズム推進全体構想」にまとめられており、「観光客が集中しがちな島内4区域をエコツーリズム推進法にもとづく特定自然観光資源に指定し、1日当たりの立入人数を制限する」などの制度案が固まりつつあるそうです。

 また、西表島ではガイドの免許制度の確立もすすめられてきました。20年4月に竹富町が施行した「竹富町観光案内人条例」の下、現在、西表島の陸・河川域でエコツアーを実施するには竹富町観光案内人免許の取得が必須となっています。エコツアーガイドの認定制度は全国各地にありますが、厳格な免許制を取り入れた例は西表島が初めて。こうしたエコツーリズムをめぐるさまざまなルール整備を通じて、西表島は着々と持続可能な観光振興のための基盤を整えているのです。

自然に寄り添った暮らしが感じられるやんばるの集落

奄美大島と徳之島の自然環境とエコツーリズム

 続いて、沖縄本島北部のやんばる地域におけるエコツーリズムの動きを紹介したいと思います。こちらでも西表島同様、国内最大級の亜熱帯照葉樹林でのトレッキングや慶佐次湾のマングローブ林でのカヌー体験などが人気ですが、希少生物保全のための地域林道パトロールなどに取り組むやんばるリンクスの山川 安雄代表は、「やんばる地域の魅力はなんといっても、住民の暮らしと自然が密接に関わり合っていることだ」と言います。
例えば「五穀豊穣を祈る豊年祭、来訪神を招いて豊作・豊漁・無病息災などを祈る海神祭(ウンジャミ)、山の神・海の神にさまざまな芸能を奉納するシヌグ」など、自然を尊びその恵みに感謝する神事が今なお根づいているのは、まさにその表れと言えるでしょう。また、大自然のすぐ近くに古くからの景観や文化を感じさせる集落が点在していることも、やんばる地域の特徴として知られています。
防風林や生垣として植えられた見事なフクギ並木がある備瀬集落、漁業のまちの風情が漂い、迷路のような市場に新旧の店舗がひしめく渡久地集落、かつて「やんばる船」で那覇方面との運送業なども手掛けていた奥共同店(※2)を中心とした沖縄島最北端の奥集落など、いずれも個性豊かです。
「ぜひこうした地域の文化体験や周辺観光まで含めたエコツーリズムを打ち出し、地域を盛り上げたい」と山川代表。
現在、やんばる地域では世界自然遺産登録を経て、国頭村と大宜味村、東村の3自治体でエコツーリズムのあり方を巡る議論が活発化、あらたな連携体制の確立を目指しているそうなので、今後の動きに期待したいところです。

 また、山川代表は「エコツーリズムを持続可能なものとするには、自然資源を利用していかに住民の生活の糧をつくり、所得向上や地域活性化につなげていくかが大事だ」と指摘します。
地元行政とガイド事業者、そして地域住民が連携し、地域づくりの一環として独自のエコツーリズムを打ち立てていけるかどうか、これは何も世界自然遺産「奄美・沖縄」に限った話ではなく、全国各地の観光業が今まさに直面している課題です。西表島ややんばる地域には、ぜひ引き続き持続可能なエコツーリズムを推進し、ポストコロナの観光振興のモデルケースとなってほしいものです。

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