近畿会企画
2022年03月号
和歌山県に民間初のロケット発射場
「スペースポート紀伊」が誕生
「人類に残された最後のフロンティア」といわれる宇宙ビジネス。中でも小型人工衛星の打ち上げ=小型ロケットの需要が急増しています。そして、この急成長産業のインフラとなるのが「スペースポート(宇宙港)」です。そこで、和歌山県串本町で建設が進む民間初のロケット発射場「スペースポート紀伊」について、事業者はもちろん、和歌山県、串本町、那智勝浦町をはじめとする自治体・関係機関にその現状と展望、そして期待感を伺いました。
今年の初打ち上げを目指す民間初のロケット発射場
本州最南端に位置し、約1万5000人の人口を擁する和歌山県串本町。風光明媚かつダイナミックな自然、歴史・文化に満ちたこの地に、新たな魅力が加わろうとしています。それが2019年4月から串本町田原地区周辺で建設が始まった日本初の民間ロケット発射場「スペースポート紀伊」です。
事業を担うスペースワン(株)は「射場の整備は着々と進んでおり、『カイロス』と命名した自社開発の小型ロケットの年内初打ち上げを目指すとともに、将来的には年間20機のロケットを打ち上げられるようにしたいと思っている」とのこと。既にスペースポート紀伊はほぼ完成状態にあるそうですが、同社では「カイロスの初打ち上げの成功をもって、初めてスペースポート紀伊の完成と考えている」そうです。しかし、その工事は困難の連続でした。「日本における人工衛星打ち上げ用の射場の新規建設は数十年ぶりだったし、そもそも民間企業による射場建設は前例がなく、非常に苦労した。その他、コロナ禍による影響も大きいので、引き続き細心の注意を払いながら、今年のカイロス初打ち上げに向けて準備を進めていきたい」と話します。
それにしても、なぜ串本町がロケット発射場に選定されたのでしょうか。その理由について、スペースワン(株)は4つの理由をあげています。曰く「①射点の周囲に人家や建物がない②射点の南や東が大きく開けており、陸地や島がない③本州の工場から陸路でのアクセスが良い④関係者の宿泊施設が充実している、といった条件をすべてクリアしたのが本州最南端にある串本町だった。また、何より地域住民、そして県や串本町、那智勝浦町をはじめとする自治体、関係団体の皆様に歓迎・応援されていることが大きかった」そうです。
スペースポートを中核としたまちづくりへの取り組み
一方、受け入れ側の和歌山県をはじめとした自治体では、大きな期待を持ってスペースポートを中核としたまちづくりを始動させています。その一環として、県では串本町や那智勝浦町、商工団体、交通関係機関などと「スペースポート紀伊周辺地域協議会」(県庁担当窓口は産業技術政策課)を設立してロケット打ち上げで地域を活性化する可能性を探り、さまざまな施策を検討・実行しています。
事実、射場建設には大きな経済効果があるとみられています。直接投資や雇用創出などに加えて、ロケット打ち上げ見学が新たな観光資源として期待されており、県の試算によると10年間で670億円程度(建設投資効果:28億円、射場運営効果:51億円/年、観光消費効果:13億円/年)の経済波及効果が見込まれており、継続して観光客を誘致するための取り組みが重要だとしています。 その具体的な取り組みの一つとして、ロケット打ち上げ時に活用する「ロケット見学場」が昨年11月に完成しました。那智勝浦町にある旧浦神小学校の屋上を「公式プレミア見学場」(有料・事前予約制)として整備し、全国各地から来場者を集めるのが狙いです。その点について、那智勝浦町観光企画課では「旧浦神小学校は射場から北北東約1・6㎞に位置しており、見学場所としてはかなり近い地点となるので、打ち上げの状況やお客様のニーズに沿った整備・対応をしていきたいと考えている。全国各地から多くのお客様に那智勝浦町に来ていただけるような場所にし、観光振興や地域振興につなげていきたい」と話しています。
なお、射場から南西1・5kmの位置にある串本町の田原海水浴場にも公式プレミア見学場が設置される予定で、どちらの見学場からでも小型ロケット「カイロス」打ち上げのパブリックビューイングが行われるそうです。
「ロケットの町」を新たな観光資源に
現地ではその他にもさまざまな観光振興が展開中です。「ロケットという新たな観光資源が串本に生まれた」と話すのは南紀串本観光協会の宇井 晋介事務局長。「地形的に射点を直接見ることはできないが、漁船を活用して海上からロケット打ち上げを見学するクルーズを計画している」とのことです。既に昨年、モニタークルーズを2回行い、コース設定などは概ね完了しているそうで、「将来的には年20回ほど打ち上げが実施される可能性があるので、多くの観光客を呼び込むことができると思う」と宇井事務局長は話します。
また、同観光協会ではこれまでに串本町から委託を受けて、小中高校生や一般町民を対象にしたロケットワークショップやセミナーを開いており、昨年末からはJAXA(宇宙航空研究開発機構)の関連団体である(公財)日本宇宙少年団の宇宙兄さんズ(宇宙教育のプロフェッショナル)の宇宙ワークショップを開催しています。さらに、ロケットをいかに事業につなげていくかといったことをテーマにした事業化セミナーを開催している他、同協会ガイド部会所属の観光ガイドに講習会を行い、宇宙ガイドの養成も行っています。
「レジャーやグルメ、宿泊、交通、お土産などをスペースポートと結び付け、宇宙に関連したさまざまな地場産業を生み出し、地域を長期的に活性化させていこうと皆で知恵を出し合っているところです」と、宇井事務局長は意欲を燃やしています。
最南端の町からロケット最先端の町へ
もちろん、自治体の動きもますます活発化しています。例えば、串本町では企画課ロケット推進室を中心として「最南端の町からロケット最先端の町へ」をキャッチフレーズに、ロケット打ち上げ事業に関する機運を高めようと、これまでに宇宙ウィークなどのイベントや宇宙飛行士の毛利 衛氏の講演会などを開催。また、ロケット教本「スペースポート紀伊 まるわかりブック」を製作して小・中・高校での宇宙ワークショップや宇宙ガイド養成講座で使用するとともに、今後はロケット見学ツアー(仮称)の参加者にも配布予定としています。
ちなみに、串本町は大ヒット漫画『宇宙兄弟』と公式サポーター契約を結んでおり、『宇宙兄弟』の劇中の絵を商品として販売する権利を取得。今後はこれを活用したノベルティグッズなどを開発する予定です。
県立串本古座高校に「宇宙探究コース」を新設
また和歌山県は2022年1月12日、国内初の民間小型ロケット発射場の建設が進む串本町の県立串本古座高校に、2024年度から宇宙について専門に学ぶ「宇宙探究コース」を設けることを発表しました。全国の公立高校で宇宙をテーマにしたコースが設けられるのは初めてのことです。同日の記者発表によれば、「ロケット打ち上げをきっかけとして紀南地域の活性化のため県および町、主体事業者などの協力を得て地元の串本古座高校への宇宙探究コース新設に向けた取り組みをスタートする。宇宙に関心を持つ生徒を県内外から呼び込み、普通科の教育課程に宇宙コンテンツの活用や関連企業との連携などを盛り込んだ特色あるコースの新設に向けカリキュラムを作成し、宇宙教育の知見を持つ人材を教員に採用することなどを検討している」とのことです。
こうした動きと同時に、「いよいよ年内の初号機打ち上げとスペースポート運用開始に向けて、スペースポート紀伊を核としたまちづくりを進めたい」と県、地元は声を揃えています。初打ち上げ成功とその後の「ロケットの町」の展開に要注目です。