北海道企画
2021年04月号
アイヌの多彩な文化を五感で体験
『ウポポイ(民族共生象徴空間)』の魅力
2020年7月、北海道白老町にアイヌ文化を復興し、発展させていくための活動拠点となるナショナルセンター『ウポポイ』が誕生しました。施設は大きく「国立アイヌ民族博物館」「国立民族共生公園」「慰霊施設」の3つからなり、アイヌの暮らしや芸術などの文化体験ができるのが魅力です。アイヌ民族の歴史とともに、『ウポポイ』がつくられることになった背景、施設の特徴、展示内容などについて、民族共生象徴空間運営本部のご担当者にお話しいただきました。
期待される役割はアイヌ政策の「扇の要」
「ウポポイ」とは、アイヌ語で「(おおぜいで)歌うこと」を意味します。施設の特徴についてお話しする前に、まずはアイヌ民族の歴史と『ウポポイ(民族共生象徴空間)』がつくられることになった背景について、簡単にご説明させてください。
アイヌ民族の祖先は、約3万年前に北海道にやってきたとされます。狩猟採集や漁労をして暮らし、農耕が始まったのは本土よりもずっと遅く、7世紀頃からだと考えられています。その一方で、海を越えての交易は盛んで、独自の文化を形成していきました。
しかし、江戸時代になると、蝦夷地を治めた松前藩によってアイヌの交易は制限されてしまいます。18世紀に入ると、和人(大和民族)の商人が松前藩から交易を請け負って漁場経営をするようになりました。その下で多くのアイヌが労働を強いられ、和人の経済社会に取り込まれていったのです。
そして19世紀後半、南から和人、北からロシア人が押し寄せてくると、アイヌの住む土地は奪われてしまいます。樺太や千島に住んでいたアイヌ民族は、さらに開拓のために北海道の各地へと移住を強いられることもありました。それと同時に、「入れ墨などの風習の禁止」「日本語の奨励」といった同化政策が中央政権によって進められたため、親が子に言葉や文化を伝えることを諦めるなど、アイヌの伝統文化は徐々に継承されなくなっていきます。
戦後、アイヌの人々はこうした政策や差別に抗議し、世界の先住民族とも協力しながら、生活の格差を是正するためのさまざまな活動を始めました。アイヌ文化の普及・啓発活動も盛んになり、1970年代からは道内各地で刺繍や木彫といった伝統技術の他、歌や踊りといった伝統芸能の継承活動が行われるようになります。近年はアイヌ語や歴史を学べる大学があるなど、アイヌ文化を守り、育てていく環境が少しずつ整ってきています。
しかし、いまだアイヌの歴史や文化について、多くの国民が十分に理解していないという課題が残されています。伝統者も減少しているため、このままではアイヌ文化が消失してしまうという懸念もあります。 そのような背景から、2009年7月に開かれた「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(開催:内閣官房長官)において、今後の発展的なアイヌ政策の「扇の要」として、「民族共生の象徴となる空間」の必要性が提言されました。そして同報告などを受けて、12年7月のアイヌ政策関係省庁連絡会議では、「民族共生象徴空間」の基本構想が取りまとめられました。さらに、14年6月には「アイヌ文化の復興等を促進するための「民族共生の象徴となる空間」の整備及び管理運営に関する基本方針について」が閣議決定され、象徴空間の主要施設などについて定めるとともに、20年に開催予定であった東京オリンピック・パラリンピック競技大会に合わせて一般公開することとされました。
こうした経緯を経て、現在、『ウポポイ』の愛称で親しまれる「民族共生象徴空間」が誕生することになりました。『ウポポイ』には「長い歴史と自然の中で培われてきたアイヌの文化を多角的に伝承・共有すること」「国民全体が互いに尊重し共生する社会のシンボルとなること」「子どもから大人まで国内外の人々がアイヌの世界観、自然観等を学べるような機能を有する空間であること」といった役割が期待されています。

博物館の基本展示室 (公財)アイヌ民族文化財団 提供

「国立アイヌ民族博物館」の外観 (公財)アイヌ民族文化財団 提供

ポロト湖畔に立地している『ウポポイ』の俯瞰パース図 ※イメージです (公財)アイヌ民族文化財団 提供

体験交流ホールの全景 (公財)アイヌ民族文化財団 提供

博物館のパノラミックロビーからは美しい景色が望める (公財)アイヌ民族文化財団 提供

博物館には民族衣装などが展示されている (公財)アイヌ民族文化財団 提供
ポロト湖畔の景観に調和したさまざまな施設を整備
『ウポポイ』は自然豊かなポロト湖畔にあります。大きく3つの施設に分かれ、ひとつは「国立アイヌ民族博物館」です。アイヌ民族の歴史と文化を主題とした日本初の国立博物館であり、北海道初となる日本最北の国立博物館でもあります。
常設の基本展示室では、「ことば」「世界」「くらし」「歴史」「しごと」「交流」の6つのテーマについて、アイヌ民族の視点から解説。アイヌ文化を支える独自の優れた技術や世界観を学んでいただくとともに、アイヌが歩んだ栄光と苦難の道のり、そして今を生きる人々の実像を知ることができます。また、館内の表示にアイヌ語が第1言語として使われているのも特徴です。さらに、2階の基本展示室へ向かう途中には、『ウポポイ』全体を見渡せるパノラミックロビーがあり、長さ約50mのガラススクリーンから望む美しい景色は必見です。

レストランでは本格的なコース料理を提供 (公財)アイヌ民族文化財団 提供

工芸品製作の実演見学や体験も可能 (公財)アイヌ民族文化財団 提供

体験交流ホールでは「アイヌ古式舞踊」などの伝統芸能を観覧できる (公財)アイヌ民族文化財団 提供
本館の展示が、アイヌをはじめとする世界各地の先住民族に目を向け、さらには文化・風習の違いを認め合いながら、ともに生きる「多文化共生」のあり方について考えるきっかけになってくれればと思います。
ふたつ目の主要施設は、体験型フィールドミュージアムの「国立民族共生公園」です。園内にはさまざまな建物が整備され、自然のなかで培われてきたアイヌの文化に触れることができます。例えば「体験交流ホール」では、ユネスコ無形文化遺産に登録されている「アイヌ古式舞踊」などの伝統芸能を上演。広い半円形ステージとそれを取り囲む客席との間には段差がなく、間近で演者の動きを見ることができます。また「体験学習館」では、アイヌ料理の調理や実食の他、ムックリ(口琴)といった伝統楽器の演奏体験を実施。園内ではオリジナルの紙人形劇など、お子さま向けのプログラムも用意しているので、ご家族にもおすすめです。
さらに公園内ではアイヌ文化と関わりのある40種類以上の樹木と身近な草花を観賞することができます。アイヌの人々は、植物を採取して建材や生活用具、祭具、食材、薬など、多岐にわたり生活に役立ててきました。 自然と密着していたアイヌの人々の暮らしを、植物を通じてぜひ感じてみてください。四季折々で表情が変わる湖畔の景観も忘れられない思い出になるはずです。
そして、レストランやフードコート、カフェ、スイーツショップでは、アイヌ文化に由来した食材を用いた創作料理などを提供しています。軽食から本格的なコース料理、オリジナルスイーツも用意していますので、こちらもぜひ味わっていただければと思います。いずれも有料エリア外ですから、ドライブの休憩に立ち寄ることもできます。
主要施設の3つ目は、ポロト湖東側の高台にある「慰霊施設」です。現在、日本政府は研究目的などで発掘されたアイヌの人々の遺骨や副葬品の返還を進めていますが、直ちに返還できないケースも少なくありません。「慰霊施設」では、そうした遺骨や副葬品をアイヌの人々による受け入れ体制が整うまで適切に管理・保管しています。また、慰霊施設には民族共生の理念を表現するモニュメントも。モチーフはアイヌの人々が儀式の際に使用する祭具「イクパスイ」で、表面にはアイヌ独特の文様が施されています。伝統儀式を行うための慰霊行事施設も併設しており、アイヌの伝統住居「チセ」をイメージした外観です。
「教育旅行」の目玉として全国から来場者が多数

昨年からのコロナ禍により、当初、20年4月24日に予定されていた『ウポポイ』の開業は2度にわたって延期されました。プログラムの内容も当初の予定から変更されましたが、11月からは感染防止対策を講じた上で「体験」できるプログラムを実施しています。コロナ禍ではありますが、修学旅行や宿泊学習などの「教育旅行」として、道内はもちろん、全国各地からお客様にお越しいただいています。令和3年度につきましても多くの学校から予約をいただいている状態です。
今回ご紹介した以外にも、『ウポポイ』にはさまざまな施設があります。多彩なプログラムを用意していますから、ぜひご家族や友人を誘って一緒に遊びにきてください。アイヌ文化に関心を持ってくれる方が、ひとりでも増えてくれることを願っています。

ポロト湖東側の高台にある慰霊施設 (公財)アイヌ民族文化財団 提供

充実した品揃えのミュージアムショップ (公財)アイヌ民族文化財団 提供

カップチーズケーキやパピリカパイなども美味 (公財)アイヌ民族文化財団 提供