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中部会企画①

2018年10月号

世界文化遺産「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」を知る

 日本一の高さを誇る美しい霊峰として、古来より日本人に愛されてきた富士山。その秀麗な姿は日本の象徴として世界で広く知られています。5年前には「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」という名称でユネスコ世界文化遺産に登録され、「日本の宝」から「世界の宝」になりました。そこであらためて世界遺産「富士山」の魅力を富士山世界文化遺産協議会事務局(※)に紹介いただきました。 ※富士山世界文化遺産協議会事務局は山梨県と静岡県に置かれており、1年交代で幹事事務局を担当。今年の幹事事務局は静岡県。

富士山信仰の起源は火の山への畏敬の念

標高3776m、日本最高峰の独立峰として知られる富士山は、静岡県(富士宮市、裾野市、富士市、御殿場市、駿東郡小山町)と山梨県(富士吉田市、南都留郡鳴沢村)にまたがる活火山です。活火山とは過去1万年以内に噴火した、または現在活発な噴気活動のある火山のこと。500万年前は富士山は海の底にあったと言われていますが、海底火山が噴火して以降、4回の大噴火を繰り返して今日の姿が出来上がりました。その後も噴火活動を繰り返しており、1200年以降で少なくとも10期にわたって噴火があったことが文献などから確認されています。ちなみに、直近の噴火に当たるのは1707年の「宝永大噴火」と記録されています。

こうして過去に何度も噴火を繰り返したことから、人々は富士山を畏れ、神が宿る神秘の山と捉えてきました。火口から吹き上がる火焔に、当時の人は怒れる神の姿を重ねていたのでしょう。静岡県富士宮市には縄文時代中期の遥拝祭祀場跡と思われる遺跡が見つかっています。遥拝とは遠く離れた場所から拝む施設なのですが、そのことからも富士山が古代より「遥拝」の対象として畏敬の念を抱かれてきたことが分かります。つまり、富士山の信仰の原点はその美しさによるものではなく、噴火を繰り返す富士山を鎮めるためのものだったのです。

噴火活動が沈静化する平安時代後期以降になると、富士山は日本古来の山岳信仰と密教などが習合した修験道の道場となり、人々の行動は「遥拝」から神や仏を拝むために山を登る「登拝」に変化していきます。そして、室町時代後期になると一般庶民も登拝するようになり、次第に富士登山は大衆化していきました。

さらに戦国時代になると、富士山信仰が教義としてまとめられるようになります。そして、江戸時代から昭和初期にかけては「富士を拝み、富士山霊に帰依し心願を唱え、報恩感謝する」という分かりやすい教えが広まり、「富士講」として関東を中心に大流行。多くの人が富士登山や白糸の滝などの霊地に巡礼に行くようになり、明治時代になると女性の山頂登山も解禁となりました。こうして近代になるに従って富士山信仰は庶民の間で広がっていき、さらに現代になるとレジャースポット、登山スポットとして親しまれるようになっていったのです。

富士山トピックス

※富士山域......1-1:山頂の信仰遺跡群、1-2:大宮・村山口登山道
(現:富士宮口登山道)、1-3:須山口登山道(現:御殿場口登山道)、
1-4:須走口登山道、1-5:吉田口登山道、1-6:北口本宮冨士浅間
神社、1-7:西湖、1-8:精進湖、1-9:本栖湖、1-10:青木ヶ原樹海

芸術の源泉としての富士山の存在感

富士山が世界文化遺産に登録された背景には、芸術面への影響も挙げられます。事実、富士山の美しい姿は芸術面でさまざまな分野の人々に影響を与えてきました。

一例を挙げると、日本最古の歌集『万葉集』で詠まれたのをはじめ、『竹取物語』や『伊勢物語』などの古典作品、俳句や漢詩にも取り上げられています。また、平安時代以降には絵画にも登場するようになりました。江戸時代、富士登山が「富士講」などを通じて庶民に人気になると、多くの絵師たちが富士山を題材に絵を描くようになります。葛飾北斎の『冨嶽三十六景』や歌川広重の『不二三十六景』など、さまざまな場所から見た富士山が浮世絵に描かれました。浮世絵が海外に輸出されるようになると、モネやゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ドガ、ルノワール、ロートレックなどヨーロッパの芸術家たちにも影響を及ぼすようになります。そして、1867年のパリ万博を機にヨーロッパで「ジャポニスム」と呼ばれる日本ブームが巻き起こり、富士山はさらに日本の象徴として世界に知られることになったのです。

合計25カ所に及ぶ富士山の構成資産

ここまで富士山が世界文化遺産に登録された理由を信仰と芸術の面から紹介してきましたが、次にその構成資産について紹介したいと思います。これは世界遺産の価値を具体的に証明する文化財のことです。富士山の場合は富士山(富士山域)そのものだけでなく、周囲の神社や登山道、風穴、溶岩樹型などの巡礼地、湖沼など合計25の構成資産が登録されており、これらの構成資産からなる富士山が世界文化遺産になっているのです。

なお、それらの構成資産は次の通りです。

1:富士山域※、2:富士山本宮浅間大社、3:山宮浅間神社、4:村山浅間神社、5:須山浅間神社、6:冨士浅間神社、7:河口浅間神社(須走浅間神社)、8:冨士御室浅間神社、 9:御師住宅(旧外川家住宅)、10:御室住宅(小佐野家住宅)、11:山中湖、12:河口湖、13:忍野八海(出口池)、14:忍野八海(お釜池)、15:忍野八海(底抜池)、16:忍野八海(銚子池)、17:忍野八海(湧池)、18:忍野八海(濁池)、19:忍野八海(鏡池)、20:忍野八海(菖蒲池)、21:船津胎内樹型、22:吉田胎内樹型、23:人穴富士講遺跡、24:白糸ノ滝、25:三保松原 いずれも富士山の魅力を語るには欠かせない構成資産となっていますので、富士登山のみならず、ぜひともこういった構成資産にも目を向けていただき、富士山の魅力をさらに奥深く知り、楽しんでいただきたいと思います

精進湖から見た富士山。富士五湖の中で最も小さな湖。溶岩流でできた湖の形は複雑で、逆さ富士が撮影できるスポットとしても知られる

精進湖から見た富士山。富士五湖の中で最も小さな湖。溶岩流でできた湖の形は複雑で、逆さ富士が撮影できるスポットとしても知られる

富士山本宮浅間大社。富士山を浅間大神として祀ったことを起源とする浅間神社の総本宮

富士山本宮浅間大社。富士山を浅間大神として祀ったことを起源とする浅間神社の総本宮

標高1000mに位置する山中湖。富士山に一番近く、富士五湖の中で最大の湖

標高1000mに位置する山中湖。富士山に一番近く、富士五湖の中で最大の湖

富士山噴火によって川がせき止められて生まれた河口湖。富士五湖の中で最も標高が低く、湖岸線が長い湖。湖内の小島から縄文期の遺物が出土している

富士山噴火によって川がせき止められて生まれた河口湖。富士五湖の中で最も標高が低く、湖岸線が長い湖。湖内の小島から縄文期の遺物が出土している

忍野八海は富士山麓の伏流水が湧き出る8つの池の総称で、国の天然記念物指定。富士山信仰に関わる巡拝地として、それぞれに竜王が祀られている

忍野八海は富士山麓の伏流水が湧き出る8つの池の総称で、国の天然記念物指定。富士山信仰に関わる巡拝地として、それぞれに竜王が祀られている

噴火によって樹木が重なり合い、複雑な樹形となった吉田胎内樹海型。国の天然記念物に指定されている

噴火によって樹木が重なり合い、複雑な樹形となった吉田胎内樹海型。国の天然記念物に指定されている

富士山の湧水が幅200mにわたって噴出し、白糸が垂れているように見えることからその名が付いた白糸ノ滝。富士講信者の巡礼・修行の場であるほか、景勝地としても知られ絵画や和歌の題材にもなっている

富士山の湧水が幅200mにわたって噴出し、白糸が垂れているように見えることからその名が付いた白糸ノ滝。富士講信者の巡礼・修行の場であるほか、景勝地としても知られ絵画や和歌の題材にもなっている

『万葉集』以降、多くの和歌の題材となった三保松原は、「羽衣伝説」の舞台にもなった3万5000本の松林に覆われた景勝地。16世紀以降は三保松原を手前に配した構図が富士山画の典型となり、日本人がイメージする富士山として定着した

『万葉集』以降、多くの和歌の題材となった三保松原は、「羽衣伝説」の舞台にもなった3万5000本の松林に覆われた景勝地。16世紀以降は三保松原を手前に配した構図が富士山画の典型となり、日本人がイメージする富士山として定着した

疑似登山体験をイメージした展示などで「世界遺産富士山を保護し、保存し、整備し将来の世代へ伝える」拠点施設として2017年12月オープンした静岡県富士山世界遺産センター(静岡県富士宮市宮町5-12、?0544-21-3776)。逆さ富士をイメージした外観が目を引く

疑似登山体験をイメージした展示などで「世界遺産富士山を保護し、保存し、整備し将来の世代へ伝える」拠点施設として2017年12月オープンした静岡県富士山世界遺産センター(静岡県富士宮市宮町5-12、?0544-21-3776)。逆さ富士をイメージした外観が目を引く

1:富士山域※、2:富士山本宮浅間大社、3:山宮浅間神社、4:村山浅間神社、5:須山浅間神社、6:冨士浅間神社、7:河口浅間神社(須走浅間神社)、8:冨士御室浅間神社、 9:御師住宅(旧外川家住宅)、10:御室住宅(小佐野家住宅)、11:山中湖、12:河口湖、13:忍野八海(出口池)、14:忍野八海(お釜池)、15:忍野八海(底抜池)、16:忍野八海(銚子池)、17:忍野八海(湧池)、18:忍野八海(濁池)、19:忍野八海(鏡池)、20:忍野八海(菖蒲池)、21:船津胎内樹型、22:吉田胎内樹型、23:人穴富士講遺跡、24:白糸ノ滝、25:三保松原 いずれも富士山の魅力を語るには欠かせない構成資産となっていますので、富士登山のみならず、ぜひともこういった構成資産にも目を向けていただき、富士山の魅力をさらに奥深く知り、楽しんでいただきたいと思います

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