ご当地自慢
2020年04月号
沖縄本島北部やんばる地域
沖縄本島北部は「やんばる地域」と呼ばれ、世界でも希少な亜熱帯照葉樹林の森が広がっていることから、 西表島や鹿児島県の奄美大島や徳之島とともに世界自然遺産登録を目指しています。今回のご当地自慢では、このやんばる地域の自然の魅力をご案内するとともに、環境保全や野生生物保護の現状と今後の展望についてお伝えしたいと思います。
世界自然遺産の候補自然豊かなやんばる地域
沖縄本島北部に位置する国頭村と大宜味村、そして東村にまたがる地域には国内最大級の亜熱帯照葉樹林が広がっている他、石灰岩の海食崖やカルスト地形、マングローブ林など多様な自然環境を有しています。2016年9月には、この希少な自然環境を保全する目的で、日本で33番目の国立公園「やんばる国立公園」に指定されました。
その特色は、何といっても生物多様性です。沖縄県自然保護課世界自然遺産推進室によれば「やんばる地域の面積は日本全土のわずか0・1%以下でありながら、日本全体で確認されている鳥類や在来のカエルのおよそ25%と、高い割合を占める生物種が生息・生育している」そうです。特に絶滅危惧種や固有種が多く、ヤンバルクイナ(①)、ノグチゲラ、ケナガネズミ(②)、イボイモリ、クロイワトカゲモドキ(③)、ヤンバルテナガコガネ(④)など国際的にも重要な希少種が生息・生育しています。
この生物多様性が世界自然遺産の登録基準を満たす可能性が高いことから、やんばる国立公園の一部は現在、同候補地としてユネスコ世界遺産センターに推薦されています。世界自然遺産への登録が実現した場合、知名度アップや観光客の増加、地域振興などが期待できますが、同時にやんばるならではの自然環境をいかに保全していくかも大事です。この点、前出の沖縄県自然保護課世界自然遺産推進室では「登録を機に地域の方々のみならず、同地域を訪れる国内外の人々も巻き込んで持続的な利用と保全に取り組むことで、自然環境を守り、次世代へ受け継いでいきたい」としています。
やんばるの大自然を体感できるエコツアー
県内各地の自治体や観光団体は「持続的利用と保全」を大前提として、稀有な自然環境の特徴と価値を学び、体感できるエコツアーやアクティビティを手掛けています。例えば東村観光推進協議会が今もっとも力を入れているのが「やんばるの森の秘境ツアー」(⑤)。同協議会の吉武 くらら氏によると、これは18年9月に募集開始した新しいエコツアーで、その舞台は「やんばる地域でも最も豊かで多様な福上湖(福地ダム)対岸に広がる森」。簡単には行けない場所である分、古くからの自然が色濃く残っているのだそうです。ツアーでは「まず30分ほどかけて福地ダムをカヌーで渡り、森の中の沢までアクセス。そこからは森の中をトレッキングしていく」とのこと。「カタナバー(沢)コース」(⑥⑦)と「ウコール山コース」(⑧⑨⑩)の2コースに分かれており、それぞれ滝つぼで遊んだり、やんばるの森ならではの多種多様な植物を観察したりと、アドベンチャー色満点の内容となっています。ちなみにこのツアーは自然環境保全のため、6名以下の小人数で行われています。こうした点が高く評価され、先頃、環境省の第15回エコツーリズム大賞で特別賞を受賞、これからのさらなる人気の高まりが期待できそうです。同協議会ではほかにも「マングローブカヌーツアー」(⑪⑫)など魅力的なアクティビティがありますので、ご興味がある方はぜひ問い合わせてみてください。
絶滅危惧種をはじめ生物多様性を守るために
エコツアーやアクティビティが盛り地域地方は動植物の希少種の密猟行為や野生動物のロードキル(交通事故死)、外来種の生態系への影響などの課題に直面しています。中でも、世界中でやんばる地域にしかいないヤンバルクイナは絶滅危惧種に指定されており、何としても守らねばなりません。というわけで、この機会にヤンバルクイナの個体数減少やその対策について紹介しておきましょう。
環境省の調査によれば、ヤンバルクイナは1985年には1800羽ほどが確認されていましたが、外来生物であるマングースによる捕食被害などで激減、2000年には約1600羽台に。そこで沖縄県と環境省はやんばる地域からマングースを排除するための事業に取り組み、おかげで一時700羽台にまで落ち込んだヤンバルクイナは現在1600羽くらいまで回復したそうです。
が、もちろん原因はマングースだけではありません。そこで注目したいのが、うるま市を拠点にしているNPO法人どうぶつたちの病院沖縄の活動です。同団体は06年以来、ヤンバルクイナをはじめとする野生動物の保護や治療、調査活動などに取り組んできました。事務局長の仲地 学氏(⑬)によれば「ヤンバルクイナの生息数はある程度回復してきたものの、その生息域がなかなか南側に広がっていかない」と言います。例えば、その原因の一つとして挙げられているのが、ペットブームなどを背景に激増したノネコによる捕食被害です。現在、同団体ではこの新たな捕食者対策として、県から捕獲・排除の事業を請け負ったり、環境省や国頭村とも連携して地域住民の飼い猫の無料避妊手術を行うなどの取り組みを進めてきました。また、ロードキル対策にも注力、ステッカー配布(⑭)やビラ配りなどによる啓発活動の他、同団体はヤンバルクイナに限らず、野生動物が交通事故にあった際の救護機関となっています。動物病院には、実際に交通事故で負傷した動物が運び込まれ、保護・治療する体制が整っています。もともとどうぶつたちの病院沖縄は、ヤンバルクイナ減少に危機感を覚えた獣医師たちの活動から生まれた団体ということもあって、理事にも野生動物の保護や治療に取り組む獣医師が多いのです。
仲地氏たちはさらに、ヤンバルクイナの人工繁殖にも取り組んできました(⑮)。「交通事故にあった個体を治療した後、しばらく飼育する中でペアができ、繁殖に成功。これを機に個体数をキープするための繁殖にも挑戦してみることになった」と言います。この活動の重要性が認められたことで09年、環境省が国頭村安田にヤンバルクイナの飼育繁殖施設を設置、どうぶつたちの病院沖縄がその管理・運営を任されました。「現在では常時80羽ほどのヤンバルクイナを飼育しており、目標は年間10ペアをつくること。取り組みは軌道に乗り、毎年10~20羽ずつ安定して数を増やすことができている」そうです。この飼育施設とは別に、約5年前には「ヤンバルクイナ生態展示学習施設 クイナの森」も設置されました。ここでは本物のヤンバルクイナをガラス越しに見学することができるようになっています。
こうしたさまざまな取り組みのおかげで、ヤンバルクイナの個体数維持・増加は順調に進展しています。しかし、やはり課題は人材育成。「野生動物に関する専門性をもちつつ、地域の人々と野生動物との共存という課題に向き合える人材は少ない」と仲地氏は話します。今後、やんばる地域の生物多様性を守っていくためには、国を挙げてこうした現場の専門人材育成にも力を入れていく必要がありそうです。やんばる地域を観光で訪れたり、エコツアーやアクティビティなどに参加したりする際は、ぜひこうした現状にも思いを馳せてみてほしいと思います。