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シリーズ企画

2022年05月号

自律的な社員の育て方

一昨年来のコロナ禍でテレワークが加速度的に普及したことで、直行・直帰といった働き方も広がってきました。 この状況において雇用者側が気になるのは「社員はちゃんと働いているのだろうか」という点です。1時間ごとに報告を求めるなど 〝監視〟に主眼を置いた方法もありますが、それでは社員との信頼関係が損なわれてしまう恐れがあります。 そこで、今回のシリーズ企画では〝監視〟の必要がない自律的な社員を育成したり、活用したりするためのポイントについて、MJSグループの人事コンサルティング会社である(株)トランストラクチャの森 大哉氏が紹介します。

森 大哉 氏

株式会社トランストラクチャ 代表取締役 シニアパートナー

森 大哉 氏

早稲田大学法学部卒業。三菱重工業株式会社に入社し、労務管理・海外調達関連業務に従事。同社在職中にニューヨーク大学経営大学院修了。その後、トーマツコンサルティング株式会社に入社。戦略・組織コンサルティング業務を経て、同社パートナー就任。続いて、朝日アーサーアンダーセン株式会社にて、人事組織コンサルティング部門の部門長として数多くの組織変革を支援。同社パートナーを経て、MJSのグループ会社である現職。

良質なテレワークには社員のモチベーションが必須

 コロナ禍は多くの企業の働き方に影響を与えました。実際、総務省の『令和2年通信利用動向調査の結果』(2021年6月公表)によると、「企業におけるテレワークの導入が急速に進み、導入企業の割合は倍以上上昇した。今後導入予定がある企業を含めた割合は、6割近くに達している」とのこと。また、産業別テレワークの導入状況については「全産業で導入する割合が大きく伸びており、特に『情報通信業』が9割以上導入しているほか、『不動産業』や『金融・保険業』においても7割近くが導入している」そうです。

 こうした状況にあって、確かにテレワーク中の社員をどのように評価し、マネジメントすればいいのか、といった相談を受けることも増えてきました。ただ、人事コンサルタントとして申し上げますと、職場での勤務であろうと、テレワークであろうと、同じような仕組みで評価できるようにすることが大切です。実際、私たちは人事の方から「テレワークになって社員をどう評価すればいいのか分からない」という相談を受けると、「なぜ評価できないのですか」と問い直します。あらかじめ業務内容や成果の見える化がなされており、それが人事評価の仕組みの中に盛り込まれていれば、どのような環境にあっても的確に社員を評価することができるからです。 

 一方のマネジメントについては、テレワークの状況を逐次、〝監視〟するシステムを導入するという手段もありますが、それでは社員との信頼関係が損なわれたり、社員のモチベーションが低下したりする恐れがあるので注意しなければなりません。

 では、多くの企業は何を求めているかというと、「安心して仕事を任せられる社員が増えてほしい」という声をよく聞きます。確かに社員の多くがモチベーションを持ち、自律的に働いてくれるようであれば、100%テレワークになったとしても業務は順調に遂行されていくことでしょう。また、そのようにモチベーションが高い人材は自ら挑戦し、失敗を経験しながら成長していく傾向にあるので、会社に挑戦する風土があれば、その会社も社員も飛躍的に成長していくはずです。反対に嫌々ながら仕事に取り組む人材は、挑戦しないどころか、指示待ち人間になってしまいがちですし、テレワークという環境においてはなおさらその悪い面が顕著になってしまいかねません。つまり、テレワークにおいて自律的な社員を増やしていくには、いかに社員のモチベーションを高めるかということがポイントになってくるのです。

「仕事そのものが面白い」と思えるような業務指示を

 社員のモチベーションを高める方法は大別すると、①給与が高い②人間関係を含む職場環境が良い③仕事そのものが面白いといったことがあります(図1)。もっとも、これらの要素を全て押さえなければならないというわけではありません。3つのうち、③の仕事そのものが面白いを前提として、あとは①か②のいずれか1つを押さえることができれば、十分に社員のモチベーションを高めることができるでしょう。というわけで、ここでは最も大切な③をいかに押さえることができるか、ということを紹介したいと思います。

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 私たちの経験からすると、まず重要になるのは仕事の任せ方です(図2)。ただ、上司も忙しい中で部下に指示を出しているので、本音を言えば、指示にあまり時間を掛けたくないことでしょう。実際、今も多くの企業でやってもらいたいことだけを伝えるケースを見掛けますが、それでは部下は何のためにその仕事をしているのかが分からず、ただの〝作業〟に終始してしまうため、意欲的に仕事に取り組むことができません。そうではなく、その仕事が会社や社会にどのような影響やインパクトを与えるのか、ということをしっかりと伝えることが重要なのです。

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 そういった仕事の任せ方を社内に浸透させる手法としては、業務指示訓練の導入が挙げられます。この訓練を通して、業務の目的や意義を明確に伝えること、仕事の手順や方法を丁寧に伝えること、そして部下が仕事を身につけるまで繰り返し丁寧な業務指示を心掛けることを学んでもらうわけです。ただ、これは一朝一夕に成し遂げられることではないので、マネジメント層の人材が適切な業務指示を当たり前にできるようになるまで、繰り返し行う必要があります。日本では「背中を見て学んでほしい」というスタイルがいまだに根強く定着していますが、まずはそこから脱却することを目指してほしいと思います。

社員のモチベーションを高めるミッションやビジョンの策定

 しかし、いかに業務指示訓練を重ねたとしても、会社のミッションやビジョンが魅力的で明確でなければ、社員は仕事を面白いと感じてはくれないでしょう(図3)。ただし、ミッションやビジョンをはじめとする企業文化は創業者や経営者の考え方を示したものであり、それを変えるには業務指示訓練以上に時間と労力が必要になります。経営陣が先進的な考え方を持っていれば比較的スムーズに進むでしょうが、そうでない場合はなかなかこうした企業の核心部分を変えることはできません。そこで、重要になってくるのが外部コンサルタントや税理士の先生方の存在です。「社員のモチベーションを高めるために、ビジョンやミッションを魅力的かつ明確にする必要がある」ということを客観的にアドバイスすることで、経営者に気づきを与えるのもまたコンサルや税理士の先生方の重要な役割だと思います。特にM&Aや事業承継などの節目はその絶好のチャンスになるので、注目していただければと思います。

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 もちろん、ミッションやビジョンを策定しても、それが社内に浸透しなければ意味がありません。例えば、私がコンサルを務めたある企業では社長や経営幹部が全国の拠点を回って、地域のマネージャークラスの社員を集めて講話をしたり、グループディスカッションを重ねたりすることで、ミッションやビジョンの浸透を図り、着実に成果を上げていきました。とはいえ、先述したようにミッションやビジョンの策定や浸透には時間が掛かるので、それと同時に業務指示訓練を重ねることで、先んじて社員に仕事そのものが面白いと思ってもらえるような取り組みを推進しておいたほうがよいでしょう。

人材の流動性の高さにあわせて新たな人事制度を構築

 モチベーションを高めるという点では、雇用のあり方を見直してみるのも一案です。そもそも、日本は労働関係法及び判例によって、原則的に社員を解雇することができない仕組みになっています。そして高度経済成長期以降、終身雇用制度のもと、「会社が定年まで雇用を保障する分、社員は会社に尽くさねばならない」という枠組みの中で労使関係を構築してきました。それは大量生産・大量消費の時代においては大いに成果を発揮し、日本の企業は急成長を遂げることができたわけですが、その反面、自律的な社員を育成するという点では欧米と比べるとやや後れを取ってしまった印象があります。

 しかし、時代は大きく変わりました。今は人材の流動性が著しい時代であり、特に若手社員は副業などのスタイルで、勤務先以外の場で自身のスキルや能力を発揮することに喜びを感じています。以前から米国ではホワイトカラーを中心に人材の流動性が高く、社員も自分を高く評価してくれる会社に転職するのが当たり前でしたが、日本でも徐々にそういった雰囲気が醸成されつつあるのです。人口減やグローバル化が進む中、この傾向はますます顕著になっていくと思われるので、副業規定の見直しなど人材の流動性に対応した人事制度を検討してみてはどうでしょうか。

 また、多くの会社が等級制度を取り入れており、大半は年功序列を前提として、年次が上がれば上がるほど等級も上がるようになっているかと思いますが、その見直しを図ることも肝要です。職務主義(仕事の内容に応じて給与を変えること)をベースにして、仕事に対する姿勢や意欲といった点などを評価項目に加えることで、流動性の時代にマッチした人事制度を構築し、社員のモチベーションアップにつなげていってほしいと思います。

 さらに、人材の流動性を促すという点では、希望退職を募るという方法もあります。現在の勤務先ではあまり必要とされなくなったスキルや能力が、他社では高く評価されることも多いので、会社も社員もその点を念頭に置き、人事制度の改革や転職活動に臨むといいでしょう。

 ただ、会社はこうした時代の変化が多くの社員に不安を与えていることにも気を配らなければなりません。特にベテラン社員にとっては、給与やボーナスが下がる可能性もあり、不安を感じやすいかもしれません。だからこそ、会社にはベテラン社員のスキルアップを積極的にサポートするほか、転職や副業を促す場合にはそのサポートにも注力していただきたいと思います。例えば50代以上の社員に対しては、自社のネットワーク内でよりその社員のスキルや能力を活かせるような会社を紹介したり、推薦したりするような取り組みを推進してみるといいかもしれません。

業種によって異なる人事評価のポイント

 最後に人事評価に関するポイントについてもまとめておきたいと思います。人事評価に関しては、業種ごとにポイントが異なる点に注意が必要です。例えば、製造業に関しては製品を正確につくることが何よりも重要なので、作業の標準化や品質管理に重きを置く必要があります。そのため、製造現場については自律性を培うことを重視しながらも、旧来通り、作業のマニュアル化を徹底し、それを正確に守れる人材を育成していかなければなりません。そういう意味では社員がモチベーションを高めにくい側面があるかもしれませんが、改善に関する提案などを積極的に募ったり、それを評価するような仕組みを導入することで、社員の自律性を育成しやすくなると思います。

 営業を主体とする会社の場合は、売上が社員一人ひとりのスキルや能力によるところが大きいことに注意しなければなりません。給与を一律にしていては必ず不満が生じるので、成果主義を適宜導入することで、社員にモチベーションを持ってもらうことができるでしょう。

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 ITをはじめとした専門性を重視すべき業界については、社員の技術力や専門性を評価する仕組みを導入してほしいと思います。そして、その上で経営にも携わりたいのか、そのままエンジニアとして技術を極めたいのか、といった具合にいくつかのキャリアパスを用意し、提示しておくことが大切です(図4)。そうすることで、社員は自分のスキルや能力、そして性格に応じたキャリアを思い描くことができますし、それをモチベーションとして自身を磨き続けることができるようになると思います。

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 ともあれ、ミッションやビジョンの策定・浸透、そして仕事の振り方などのマネジメント手法の改革が必要なのは、どの業種においても共通しています。あらためてご自身の事務所や顧問先の状況を見つめ直し、自律的な社員が育ちやすい環境にあるかどうかをチェックしてみてはいかがでしょうか。

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