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シリーズ企画

2020年12月号

ITの進化で生まれた「ギグエコノミー」

インターネットを介して単発の仕事を受発注する「ギグエコノミー」という働き方が世界的に注目されています。近年は日本においてもこの働き方が拡大し始めており、都市部では「Uber Eats(ウーバーイーツ)」の配達員の姿を日常的に見かけるようになりました。そこで、今号では「スキルシフト」というギグワークのプラットフォームを運営する(株)みらいワークス執行役員の鈴木 秀逸氏に、日本におけるギグエコノミーの動向や同社のビジネスモデルの現状、そして今後の展望について伺いました。

鈴木 秀逸 氏 (すずき ひでとし)

株式会社みらいワークス
Skill Shift事業責任者

鈴木 秀逸 氏
(すずき ひでとし)

1977年生まれ。全国放送のテレビディレクターとして活躍した後に起業し、PR戦略コンサルティング事業を展開。約50社の顧客企業のPR戦略を担当した後、2015年に事業売却。その後、ITベンチャー企業の広報兼地方創生事業責任者を経て、17年にSkill Shift事業を立ち上げ、20年10月より現職。山口県庁関係人口アドバイザーなども兼務している。

世界経済で拡大中のギグエコノミー

 ギグエコノミーとはインターネットを介して単発あるいは期間限定の仕事を受発注する働き方のことで、その語源は音楽の短いセッションを意味する「Gig(ギグ)」とされており、受注者は一般的にギグワーカーと呼ばれています。なお、ギグエコノミーはアメリカで誕生した概念とされており、コロナ禍を背景に日本でも一気に普及した「Uber Eats(ウーバーイーツ)」(ギグワーカーが配達を担うフードデリバリーサービス)などが代表例として挙げられることが多いようです。市場規模はすさまじい勢いで伸びており、2025年には世界で37兆円にまで成長するとの試算もあります。

 この急伸の背景にあるのは人口減少とインターネットの普及です。とりわけ日本においては東京一極集中の影響で地方の労働力が激減しており、人手が欲しくても思うように手に入れられない状況が続いています。そういった状況において、インターネットを介して、単発の仕事を受発注できるギグエコノミーのプラットフォームは、企業にとってもギグワーカーにとっても有用なサービスとして注目を集めるようになったのです。

 ただ、その一方で課題も指摘されています。プラットフォームを利用する企業の多くが「安価に気軽に労働力を手に入れたい」と考えており、アメリカなどでは早くもギグワーカーの働き方や労務環境が問題視され、法整備などが着々と進められているのです。当然、日本においても同様の傾向が強くなってきているので、そのあたりには引き続き注視すべきでしょう。

 しかし、そういった懸念がある一方で、地方においては単なる労働力だけでなく、マーケティングやデザインといったスキルを求めるニーズも拡大してきています。依然としてマーケティングやブランディングといったスキルを持つ人材が東京をはじめとした都市部に集中しており、地方ではなかなかそういった人材を見つけることができず、いざマーケティングに取り組みたい、洗練されたデザインでブランディングを図りたいと思っても、多くの企業が手をこまねいてしまっているのです。もちろん、移住を推進してそういった人材の定着を図るという考え方もありますが、それでは時間がかかり過ぎてしまい、企業のニーズにスピーディーに対応することができません。しかも、スキルを保有し、都市部で活躍している人材は既にそれなりのポジションに就いていることが多く、簡単にそのポジションや生活環境を手放してはくれません。

 ですが、他方で近年は企業における働き方改革が進み、その一環として副業規定が大幅に緩和されてきています。もはや終身雇用制度は崩壊していますし、副業も社会に着実に受け入れられるようになってきました。つまり、移住や転職を決断するのは困難であっても、副業として地方の企業の業務に短期間携わることができる人材は増えているのです。

ギグワーカーの活用にもコミュニケーションが重要

スキルシフトの仕組み

 こうした状況に着目し、私は単なる労働力の受発注を目的とするのではなく、ギグワーカー一人ひとりのスキルに着目したギグエコノミーを創出すべきであるという考えから、2017年に「Skill Shift(スキルシフト)」というプラットフォームを立ち上げ、地方の中小企業、そして都市部のスキルを持ったギグワーカーのマッチングを手掛け始めました。このプラットフォームでテーマとして掲げたのは「地方×副業」で、サイト上には地方の中小企業の募集要項(業務内容や期間、報酬など)を掲載し、サイトの登録者がそれぞれの企業にコンタクトをとれるような仕組みを設けました。募集要項については、マーケティングやブランディング、新規事業に関するものが多く、その働き方の多くはインターネットを活用して企業とやりとりをし、およそ月に1回くらいのぺースで出張して詳細な打ち合わせなどを行うという感じです。現在の登録者数は4000人以上に達しており、国が推進する地方創生の追い風もあって、最近でも毎月100人くらいのペースで増加しています。しかも、登録者の多くは報酬よりも自身のスキルアップや地域貢献を主な目的としており、1カ月当たりの報酬は平均4・3万円程度と比較的少額で、企業もギグワーカーも比較的気軽にマッチングに臨むことができるようになっています。

 では、具体的にどのような案件が成立しているのかというと、例えば都内の大企業に勤務している人事部の方が、スキルシフトを通じて地方の中小企業とマッチングを果たし、その企業の人事制度の再構築に取り組んだケースなどがあります。そのギグワーカーにしてみれば、社長と直接対話しながら自分なりに最適な人事制度を考案し、提案できることにやりがいを感じることができたそうです。また、地方の中小企業にとっても、社内に人事制度に精通した人材がいなかったこともあって、大いにその能力を活用してもらうことができたようです。特に客観的な視点や意見を求めている経営者にとって、こうした優秀な外部人材との接点は大いにプラスに働くはずです。おかげで、最近は企業、ギグワーカーともにリピーターが増加傾向にあります。

ギグワーカーを活用するためのポイント

 その他、マーケティングや経営企画、商品開発、デザインをはじめとしたブランディングの推進など、スキルシフトの活用事例は多岐にわたりますが、ギグワーカーの能力を引き出すにはいくつか注意しなければならないことがあります。その最たるものが、ギグワーカーにどのようなスキルを発揮し、どのようにプロジェクトを完遂してほしいかを明確にしておくことです。依然として企業の中には「副業は単純労働を補うものだ」と考えているところがありますが、そういった考え方を持っていては都市部の優秀な人材を活用することはできません。経営者がしっかりとギグワーカーとそのスキルに敬意を払い、自身の現時点の思いや考えを示さなければなりません。そして、先述したようにスキルシフトに登録しているギグワーカーの多くは報酬以上に自身の成長や地域活性化に対して思い入れを持っているので、そのあたりも念頭に置いた上で業務内容を示し、お互いの思いを擦り合わせてほしいと思います。

 もちろん、当社のプラットフォームに限らず、ギグワーカーを活用する際には契約期間や労務管理をきちんと整える必要があります。当社の場合は企業にプロジェクトの期間を明示してもらった上で、途中で何かしらの齟齬があった場合にも契約の見直しができるように1カ月ごとの自動更新を推奨しています。また、社内でギグワーカーを受け入れる風土を醸成することも大切です。社員からすれば業務内容をたいして知らない外部の人材にマーケティングやブランディングといった重要な案件を担ってもらうことになるわけですから、ともすればそこに思いや意識のギャップが生じてしまいかねません。それをゼロにするのは難しいかもしれませんが、経営者には事前に社員との情報共有をした上で、積極的に社員とも交流できる機会を設け、できるだけ早くギグワーカーが会社に溶け込めるように注力してほしいと思います。そうすれば、ギグワーカーの側も積極的に発言したり、アイデアを提案したりできるようになるでしょう。実際の業務の大半はインターネットやリモートシステムを介したものになりますが、やはり人と人とのコミュニケーションが肝要ということを忘れてはならないのです。

コロナ禍を契機として地方に興味を持つ人材が急増

 ギグエコノミーが隆盛してきているとはいえ、いまだに地方における人材不足は深刻な状況です。そうした中、最近は当社が地方銀行などと提携するケースが増加しており、より効率的にギグワーカーを地方に送り込める体制が整ってきました。すでに20行との連携が成立していて、それらの地域では地方銀行が地元企業の経営課題の抽出やスキルシフトへの採用情報の掲載などをフォローしてくれており、順調にスキルシフトを活用するケースが増えてきています。

QR

 今後の動向としては、コロナ禍の影響をしっかりと捉える必要があります。実際、当社で首都圏大企業管理職を対象に就業意識調査を実施したところ、地方への転職に「興味あり」「やや興味あり」との回答が全体の48%に上りました。また、新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、地方で働くことへの関心が「とても強くなった」「強くなった」との回答も全体の33・4%にも上っています。コロナ禍を経て、多くの人たちが地方や地方での仕事に興味を持つようになったのは間違いのないことであり、今後、地方の中小企業にとってはこういった人材をいかに活用するかが重要になります。ギグエコノミーのプラットフォームはそのきっかけとして非常に有用なので、ぜひ活用を検討いただきたいと思います。

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ギグエコノミーの副業を通して
自分のスキルに磨きをかける

ITの進化で生まれた 「ギグエコノミー」

 スキルシフトのプラットフォームを活用し、ギグワーカーとして活動しているS氏(匿名希望)にお話を伺いました。

ロンウッドでの会議の様子

ロンウッドでの会議の様子

 私はコンサルティング会社を経て、現在は製薬会社で企画・管理業務に携わっています。その中でより自分自身のスキルアップにつながるような経験ができないかと考えていた矢先にスキルシフトのことを知り、副業というフィールドで自身のスキルを発揮しながら、スキルアップにチャレンジできないかと考えるようになったのです。

 そして、スキルシフトのサイトを閲覧していてピンときたのが、富山県南砺市福光にある(株)ロンウッドのプロジェクトでした。この福光という地域は木製バットの産地として有名で、プロ野球選手のバットも数多く生産されており、同社はそうしたバットメーカーの中の代表的な存在です。そして、自分が野球好きだったこと、同社が「今後の中長期戦略を見据えた現状分析や戦略策定を一緒に考えてほしい」という募集を出していたことに興味を持ち、応募してみることにしたのです。

 初めて同社を訪ねた際には、不安もありましたが、自分なりに同社の現状や経営課題をまとめた資料を作成して行ったところ社長が大いに喜んでくれて、その場で採用が決定。以来、私は月に1回のペースで同社に通い、社長と議論を交わしたり、社員の皆さんとグループディスカッションをしたりして、経営課題の分析などに注力してきました。とはいえ、バット製造の現場を全く知らない私が、経営課題や中長期戦略についての話し合いをリードするわけですから、社員の皆さんとの信頼関係を構築するのには少なからずハードルがありました。そこで、とにかく変に知ったかぶりをせずに分からないことは素直に聞いたり、できる限り社員の皆さんと接点を持つように心掛けたりしてきました。結果、社長とも社員の皆さんとも良好な関係を築くことができ、最終的に9カ月で中長期戦略を策定することができました。その時には想像以上の達成感を得ることができましたね。もちろん、コミュニケーションやファシリテーションのスキルを高めたり、ビジネス的な視野を広げる上でも素晴らしい成果があったと思っています。

ロンウッドの木製バット

ロンウッドの木製バット

 この案件を経てギグエコノミーの醍醐味を知った私は、再びスキルシフトを介して、今年5月頃から埼玉県秩父市の企業が実施しているワーケーションプロジェクトに企画・PRのサポート役として参画しています。ワーケーションを通した地方創生がテーマとなりますが、私自身、非常に興味を持っている分野でもあり、社長の思いを汲みながら前向きに事業に取り組ませてもらっています。また、秩父に出かける日に家族も連れて行くことで、新たな余暇の楽しみを見出せましたし、その経験をワーケーションプロジェクトのアイデアにも生かすことができています。

 人生100年と言われる中、こうした副業はスキルを磨くのに役立つだけでなく、長期的なキャリアに対しての〝投資〟にもなります。例えば、定年退職した後でも、この副業で得たスキルや人脈があれば、別のフィールドで活躍することもできるはずです。これからも副業を通して自分を楽しく磨き続けたいと思います。

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