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シリーズ企画

2018年06月号

介護業界の現状と展望

3年ぶりの介護報酬改定が行われ、この4月から新たな体制での介護保険制度がスタートしました。前回の改定では、介護報酬の大幅な引き下げで介護事業所の倒産件数が過去最多に。自立支援介護や重度化防止がより明確に重視された今回の改定は、介護業界にどのような影響を与えるのでしょうか。改定のポイントや業界の概況、今後の展望を小濱介護経営事務所の小濱 道博氏に解説していただくとともに、先進的な取り組みで業績を伸ばしている介護事業者の事例を紹介します。

小濱 道博(こはまみちひろ) 氏

小濱介護経営事務所 代表

小濱 道博(こはまみちひろ)

小濱介護経営事務所 代表、C-MAS介護事業経営研究会 最高顧問、C-SR一般社団法人医療介護経営研究会 専務理事。日本全国対応で介護経営支援を手がける。介護事業経営セミナーの講師実績は、北海道から沖縄まで全国で年間250件以上。『これならわかる〈スッキリ図解〉実地指導 介護事業』、『介護保険外サービス・障害福祉サービス/混合介護 導入・運営 実践事例集』、『介護福祉経営士基礎編Ⅱ:介護報酬実務』など著書多数。

介護保険は、家庭内介護の負担軽減や医療費増大の抑制などを目的として2000年に創設されました。それ以前、介護サービスの決定権限は自治体にあり、利用者は希望するサービスを選ぶことができませんでしたが、介護保険の導入後はそれが可能となりました。国が定める報酬体系(介護報酬は3年に一度改定)の下で民間の参入も認められ、制度開始初年度に3兆6000億円だった市場規模は、14年には約9兆円を突破。市場拡大で競争が激化する一方、昨今は介護報酬の引き下げ傾向が続いていることから、経営に苦慮する事業所も増えています。

本稿では、平成30年度報酬改定のポイントを押さえた上で、介護事業所の経営課題や求められること、今後の業界の見通しなどを解説したいと思います。

平成30年度介護報酬改定のポイント

約2年前、安倍 晋三首相は政府の未来投資会議で、超高齢化社会の到来を前に「予防・健康管理」と「自立支援」に軸足を置いた医療・介護システムの確立を目指すと発言しました。その目的は、なるべく入院費・入所費を減らし、膨れ上がる社会保障費を抑えることです。こうした背景から、今回の報酬改定では自立支援が介護事業のベースであることが明確に示され、介護サービスの本来のあり方や役割があらためて強調されました。それらに合致しないサービスは介護報酬が減算となるため、介護事業所の中には、大きく経営体制を転換しなければならないところも出てきています。

例えばデイサービス(通所介護)でいうと、その役割は利用者の日常生活のお世話(日中のお預かり)と機能訓練ですが、今回の改定では機能訓練を手掛けていても短時間の預かりしか行わないサービスの基本報酬が大幅に引き下げられました。

また、訪問看護の療法士のサービスの利用者に対する看護職員の定期的な家庭訪問が義務付けられました。これを受けて、職員のほとんどが理学療法士や作業療法士で看護職員数が少ない事業所などは、ビジネスモデルを見直す必要に迫られています。

それから、介護療養病床と医療療養病床の新たな転換先候補として、この4月から介護医療院が創設されたのも大きな変化です。介護と医療ケアの両方を受けられるのが療養病床の特徴ですが、医療行為が必要で入院が長引き、報酬も高い重度者が多数いる他、一部、医療ケアが必要ない人も入院している実情もあり、医療保険と介護保険の負担を増やしていることが長らく問題になっていました。そこで、国は介護療養病床と医療療養病床を制度的にはこの3月で廃止し、6年間の経過措置期間に介護医療院の他、老人保健施設や特別養護老人ホーム、介護医療付老人ホームなどに転換することとしたのです。もっとも推奨されているのが介護医療院への転換で、転換することで報酬が3%アップする他、2021年までに転換することで臨時加算を受けられるなどのメリットがあります。最近、療養病床をお持ちの経営者の方からの介護医療院についての問い合わせが非常に多くなっているので、これから転換は急ピッチで進んでいくと思います。

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(出所)内閣府「国民経済計算」、総務省「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(出生中位・死亡中位)」、厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について(24年3月)」

3年後の改定を見越した中長期的な介護事業所経営

では、こうした改定を受け、介護事業所の経営者はどのように今後の事業計画を立てるべきなのでしょうか。もっとも大事なのが、次の3年後の改定を見据えた中長期的な視点です。今回の改定が「自律支援介護元年」だとすると、3年後の改定のテーマは「科学的介護元年」。現在、介護サービスの利用者のためのケアプラン策定は、基本的にケアマネージャーの知識と経験に頼っていますが、「科学的介護」というのは、厚生労働省が蓄積してきた医療・介護に関する数値データを分析・解析し、具体的なケアプラン策定に活用する介護サービスのあり方で、「この状態の利用者は、このような機能訓練を週2回30分ずつ行えば、1カ月後には70%の確率で歩けるようになる」といった判断を行えるようにすることが目標です。と同時に、介護事業所における機能訓練の回復率や改善率を見える化し、その成果に応じた加算を設けることも検討されています。

ここで、介護業界における報酬改定以外の話題にも、いくつか触れておきたいと思います。まず、介護人材の不足が深刻化しています。低賃金や過酷な労働環境などを理由とした離職率が高いためです。そんななか関心が高まっているのが外国人材の活用です。介護事業者の海外視察が頻繁に行われており、中にはベトナムなどに研修拠点をつくり、かの地である程度能力をつけた人材を日本に呼ぶという雇用の仕方を実践している事業者もいます。

介護事業の他に、介護保険外のサービスで収益を得ていく事例も、少しずつ増えています。例えば神奈川県川崎市のひまわりケア(株)は、母体は訪問介護事業ですが、高齢者向けの配食サービスなどを新たな事業の柱として好調に業績を伸ばしています。また豊島区は、介護保険の提供時間に保険外サービスも柔軟に手掛ける「混合介護」の実験を行っています。

介護事業所経営支援税理士が担える役割

このように、介護業界は今、大きく様変わりしています。中でも報酬改定については読み解くのも対策を立てるのも難しく、私のセミナーへの問い合わせや相談も年々増えています。ただ、いくら有用な情報を得たとしても、それを経営に落とし込まねば無意味です。当然、ブレーンとしての士業の方々が、いかに介護事業者をサポートできるかが重要になります。

例えば税理士先生が他の業種と同様に前年比の売上などをもとに計画を立てても、介護事業には役立ちません。介護保険制度の全体像や3年に一度の報酬改定の動向を確実に押さえた上で、目先の収益増と中長期的展望、両方を意識して顧問先を指導していかねばならないのです。医業支援を得意とする会計事務所はありますが、介護業界には不案内な先生が現状では多いようです。介護保険制度ができてからまだ20年足らず。会計事務所が新たに介護業界に目を向けるタイミングとして、遅くはありません。今後、高齢化の進展に伴って介護サービスのニーズはさらに高まり、介護事業者はますますしっかり経営的目線を備えることが求められます。そうした中で、介護に強い会計事務所の活躍の場は増えることでしょう。今回の改定は、これまでの20年の報酬改定の経緯と現状をキャッチアップし、介護事業者の経営支援のノウハウ取得を目指す絶好の機会かもしれません。

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ひまわりケア(株)大森 義久 氏

(神奈川県 川崎市)

25年間にわたりSGホールディングス(佐川急便の持株会社)のグループ企業でロジスティクスに携わり、全国各地の支店長を務めた経歴を持つ大森社長

25年間にわたりSGホールディングス(佐川急便の持株会社)のグループ企業でロジスティクスに携わり、全国各地の支店長を務めた経歴を持つ大森社長

まわりケア(株)は現在、訪問介護事業を主軸とした多角的な事業展開で業績を伸ばしています。が、約7年前の創業時には、介護業界へのゼロからの新規参入で運営の苦労も多かったそうです。「川崎市区内に9カ所ある地域包括支援センターや数多くの居宅介護事業支援所を地道にまわり、徐々に各所のケアマネジャーとの信頼関係を築いていきました」と話すのは大森 義久社長。「早朝の訪問介護や何らかの問題を抱えた困難事例を積極的に引き受け、私自身も時にホームヘルパーとして現場で働くなど努力を重ねたことで、3年目頃から安定して訪問介護サービスの仕事が順調に回るようになった」と言います。

その後、サービス内容や派遣シフトの組み方まで所属ヘルパーに任せられる体制を確立すると、大森社長は新規事業立ち上げに挑戦。「訪問介護事業一本に固執することなく、保険外サービスも視野に入れた多角的経営で成長していくべきだと思ったのです」と振り返ります。そして「介護サービス利用者の健康寿命を延ばすために自分たちに何ができるか」を考えた結果、辿り着いたひとつが高齢者向けの配食サービスでした。折よく、ファミリーマートグループの食材供給会社である(株)シニアライフクリエイトの地元のFC店舗をM&Aすることができ、一昨年に高齢者向けの配食サービスをスタート。その際、大森社長は配達時のホスピタリティマインドをもっとも重視したそうです。「単なる弁当の配達ではなく、訪問介護の延長線上にあるサービスなのだとスタッフ教育を徹底しました」と大森社長は話します。例えば「スタッフは配達時に必ず弁当を利用者に直接手渡しし、状態確認と声がけを行います。そうすることで、利用者の安否確認ができるわけです」と。やりとりについては応対マニュアルをつくり、さらに利用者ごとに既往歴や介護状況などのポイントを押さえたカルテまで用意。おかげで、配達スタッフが具合の悪い利用者を発見し、ケアマネジャーに通報して事なきを得たこともあったそうです。このような事例が評判を呼び、配食サービスの新規利用者数と継続率が急上昇、M&A当初月間7000食程度だったのが1年後には9000食にまで達しました。

こうして、訪問介護サービスに続く第2の事業の柱を確立した大森社長。今後はこの配食サービス事業の人員増強と規模拡大を計画している他、さらに第3、第4の新規事業の立ち上げにも取り組んでいます。その筆頭が、健康保険が適用される訪問医療マッサージ事業です。全国にフランチャイズ展開しているKEiROWの加盟店として開業し、施術師の確保や利用者増加を目指して営業を進めているところだそうです。また、訪問介護サービス利用者向けの新商品開発や介護リフォーム事業などの展開も計画するなど、新規事業創出の勢いは止まりません。大森社長によれば、多角化のポイントは営業先や利用者がそれぞれの事業でつながっていること。「いずれの事業も、当社の主軸である訪問介護サービスに紐づいた内容になっており、『利用者の健康寿命を延ばすサポートをする』というテーマも一貫している」ため、利用者の口コミや地域のケアマネジャーを通じて複数のサービスの評判を広めることができるのです。

高齢化を背景に、今後もより多種多様な在宅介護サービスのニーズが高まっていく中、同社の多角的な事業展開は大きな強みとなることでしょう。

高齢者向け弁当の配食サービス「宅配COOK 123」配達スタッフとともに

高齢者向け弁当の配食サービス「宅配COOK 123」配達スタッフとともに

配食サービスの弁当の一例(普通食)。栄養士監修、栄養バランスや具の大きさ、やわらかさに配慮した弁当で、献立は日替わり

配食サービスの弁当の一例(普通食)。栄養士監修、栄養バランスや具の大きさ、やわらかさに配慮した弁当で、献立は日替わり

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(株)やさしい手 香取 幹 氏

(東京都 目黒区)

全国各地に60以上の直営の訪問介護事業所を持ち、定期巡回・随時対応型訪問介護看護やデイサービス、ショートステイ、福祉用具レンタル・販売、住宅改修、サービス付き高齢者向け住宅の供給など、多種多様な介護関連事業を全国展開している(株)やさしい手。その事業規模拡大は、同社が長らく取り組んできた「情報システムによる業務効率や生産性の向上、サービスの標準化」なくしてはあり得ませんでした。香取 幹社長によれば、2000年に介護保険制度が開始された当初、多くの介護事業所では「サービスの質やスケジュール、職員の勤怠の管理などがほとんど仕組み化されておらず、仕事は属人的で、情報共有体制も不十分だった」そうです。そんな中、香取社長は将来の労働人口減少や民間参入による競争激化などを見越し、業界でもいち早くISO9001※1を取得、情報システムの開発と導入に乗り出しました。まず03年に開発した訪問介護事業基盤システム「H2システム」によって、訪問介護員就労記録や各種請求・入金・債権などを一括管理する体制を構築。その後、さまざまな面でシステム化を進めていったのです。

例えばホームヘルパーと事業所とのリレーション・システム「もばイルカ」は、ヘルパーが事業所に立ち寄ることなく、モバイル端末で利用者の基本情報やサービスの予定、手順などを確認し、かつサービス後の記録と事業所への報告も行えるというシステム。「これをさらに発展させて、ヘルパーがサービス利用者の課題などを発信することで、サービス提供責任者やケアマネジャー、医療機関の看護師といった地域の多職種がSNSのようにつながり合い、即座に情報共有できるようにした」と言います。また、営業支援システム「うさぎシステム」は「介護サービスの新規利用者開拓などの営業活動における進捗度合いを分析・管理するためのシステム。と同時に、成績や勤怠状況を見える化することで、職員の処遇改善の指標としても活用できる」とのことです。同社はこのような自社開発システムの他、他社の優れたシステムも柔軟に取り入れることで業務効率と生産性を飛躍的に向上させ、事業拡大を進めてきたのです。

そして現在、同社はシステム化のノウハウを生かしたコンサルティング事業も展開しています。全国各地の39のフランチャイズ加盟法人が同社システムを基盤とした介護事業を営んでいる他、既存の介護事業所や医療法人とASP※2契約を結んだり、スーパーバイザーによる業務運営上のサポートなどを行ったりしており、直営とパートナーを合わせた施設数は400以上にもなります。

今回の介護報酬改定では、IT・ICT・IoTの活用が高く評価され、今後も「科学的介護」が推奨されていくと見られています。そうした見通しについて香取社長は「労働人口が本格的に減少している今、少ない担い手で大きな成果を上げるためには高品質なサービスはもちろん、迅速で的確な営業やマーケティング、人材マネジメントが求められています。それらを実践するために情報システムの導入が必要なのです」と話します。ただ、社会福祉への理想や思いはあっても、そうした効率やスピード感になかなか馴染めない事業者も多いという現状もあります。「システムを効果的に活用するには、現場を意識改革した上で新たな方法論を浸透させねばなりません」と香取社長は話します。同社のコンサルティング事業が、介護業界全体のシステム化推進に貢献することが期待されます。

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