関東信越会企画
2018年06月号
さいたま市が誇る盆栽文化
さいたま市北区の盆栽町(通称・大宮盆栽村)。“盆栽の聖地”として知られるこの地域の閑静な住宅街には、 6つの盆栽園と大宮盆栽美術館があり、盆栽文化の継承や産業としての活性化に向けた さまざまな取り組みが行われています。「さいたま市が誇る盆栽文化」の歩みと今、 そして展望をさいたま市大宮盆栽美術館の五味 貴成氏に伺いました。
古くからの盆栽文化が閑静な住宅街に息づく
大宮の地に盆栽村(現在のさいたま市北区盆栽町)が誕生したのは、大正末期のことです。かつては東京の団子坂(文京区千駄木)周辺に、江戸の大名屋敷などの庭造りをしていた植木職人が数多く住んでおり、明治時代以降には盆栽専門の職人も生まれましたが、関東大震災を機に新天地を求めることに。そこで彼らが移り住んだのが、当時は草深い武蔵野の山林地帯、現在の盆栽町でした。1925年(大正14年)、大宮公園北側の資源豊富で環境の良い場所を選んで数軒の業者が移転開業し、1928年(昭和3年)には組合員約20名の「盆栽村組合」が発足、土地の愛好者の協力も得ながら次第に盆栽村が形成されてゆきました。この時、「居住する人は盆栽を10鉢以上持つこと」「門戸を開放し、いつでも、誰でも見られるようにしておくこと」といったユニークな住民協約がつくられ、盆栽町の基盤が整えられました。この精神が後代に引き継がれたおかげで、現在も一帯は閑静な住宅街となっており、広々とした道路も当時のまま。碁盤の目状に延びる道の両側にはさくら、もみじ、かえで、けやきなどの木々が植えられています。そして地域には盆栽の授業を実施している小学校などもあり、しっかり盆栽文化が根づいています。
盆栽の素材となる木の生産地は各地にありますが、素材を作品に仕立てる技術を持つ盆栽園が集積していることも大宮盆栽村ならでは。戦前のピーク時には30軒以上もの盆栽園が軒を連ね、全国的にも珍しい「仕立ての地」としてさまざまな樹種を取り扱っていることで有名でした。
大宮盆栽美術館の多彩な取り組み
大宮盆栽美術館は、そんな大宮盆栽村の盆栽文化の継承と発展を目的として、2010年3月にさいたま市によって設立されました。1~2カ月に一度、企画展を実施している他、昨年度からは「シリーズ・現代の盆栽家」として、毎年著名な盆栽家ひとりにスポットを当て、手掛けた作品やその技を紹介する取り組みも始めました。
盆栽文化の普及や教育のための活動にも注力しています。例えば昨年度開講した「さいたま国際盆栽アカデミー」では、盆栽に関する知識と技術を体系的に学ぶ日本初の公的学習プログラムとして、盆栽文化の担い手を育成。盆栽に限らず、日本庭園や煎茶文化などの周辺の文化史についても学ぶことができると好評です。
世界から注目を集める日本の盆栽文化
こうした取り組みもあって、日本の盆栽文化は近年、世界的にも注目を集めています。2017年度の年間来館者数は9万6001人で、そのうち6225人がインバウンド客であり、その数は年々増えています。また昨年4月下旬には、第8回世界盆栽大会inさいたまがさいたま市で開催されました。これは世界中の盆栽愛好家が一堂に集い交流する大会で、1989年に大宮市(現さいたま市)で第1回大会が開催され、その後4年おきに世界各国で開催が引き継がれてきました。そして昨年、28年ぶりに大会発祥の地・さいたま市での開催となったのです。現在、欧州地域を中心に各地で盆栽愛好家による盆栽教室が行われており、これまで以上に日本の盆栽家による海外での講演会が開かれています。当然、大宮盆栽村を訪れるインバウンド客の受け入れをしっかり行っていくことは大事ですが、それとともに国内の盆栽ファンを増やすための情報発信にも、より力を入れていきたいと考えています。ぜひ1人でも多くの方にその自国の文化について知ってもらい、大宮盆栽村を散策して奥深い世界に触れてもらいたいと思います。