CHANNEL WEB

シリーズ企画

2018年05月号

テレワークという働き方

近年、ICTを活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を実現する「テレワーク」が注目を集めています。その普及・啓発を行う日本テレワーク協会の中山 洋之専務理事に、テレワークの効果と導入のポイントについて伺いました。また後半では、実際にテレワークを導入し効果を上げている企業様の事例をご紹介します。

中山 洋之 氏

中山 洋之 氏

日本テレワーク協会とは
設立:2000年
目的:日本におけるテレワークの普及推進
会員:275企業・団体
  (2018年4月時点)
●主な活動
政府との連携によるテレワークの普及・啓発施策の実施、テレワーク普及促進のためのセミナー開催や表彰、研究部会活動、コンサルティング、調査研究、政策提言、など

テレワークの普及によって多様な人材が働ける社会に

「テレワーク」とは、「tele(離れたところで)」と「work(働く)」を組み合わせた造語で、日本テレワーク協会では「情報通信技術(ICT)を活用した、場所や時間に捉われない柔軟な働き方」と定義しています。日本ではまだ欧米ほど普及しておらず、テレワークを制度として導入している企業は約13%にとどまります。

また近年、テレワークへの関心が高まっている背景には、政府が「働き方改革」の一環として、企業に積極的な導入を促していることもあります。少子高齢化が加速している日本では、現在約6500万人の労働力人口が、2060年には42%減の約3800万人まで落ち込むと予測され、この不足を解消するために、政府はテレワークを普及させて、多様な人材が活躍できる社会の実現を目指しているのです。多くの企業がテレワーク制度を導入すれば、出産や介護、病気治療などのさまざまな理由で通常のフルタイム勤務が難しくなった方々でも、離職せずに、長く、安定して活躍できる社会になります。

7月24日はテレワーク・デイ

昨年、政府は2020年の東京オリンピックの開会式にあたる7月24日を「テレワーク・デイ」と定め、「毎年、一斉にテレワークを実施する日」としました。これは、2012年に行われたロンドンオリンピックの開催期間中、交通機関の混雑を避けるため、市交通局が商工会にテレワークの実施を依頼したところ、8割もの企業が参加したという成功体験に倣ったものです。

初の実施となった昨年は、首都圏を中心に全国で約950企業団体が参加し、始業から10時半までの間、6万3000人が一斉テレワークを実施しました。「ラッシュが緩和されて快適だった」など、多くの方から好評いただいており、手応えを感じています。

さらに、テレワークには、社会的な意義だけでなく、企業と従業員の双方にとっても多くのメリットがあります。例えば、企業側には、生産性の向上、優秀な人材の採用・流出防止、事業継続性の確保など、従業員側には、ワークライフバランスの向上、通勤時間の削減、育児・介護の継続などがあります(図1参照)。

実践企業の一例を挙げると、大手事務機器メーカーの富士ゼロックスは、2014年度からテレワークの導入を始めました。国内営業部門では在宅勤務とともに、モバイルワークやサテライトオフィスを活用することで、総労働時間が11%削減するとともに、営業職一人当たりの生産性(売上高平均)を1・5倍に高めることができたのです。また、育児・介護向けの在宅勤務制度では、コアタイムなしのフレックス(7時から20時の間で最低2時間勤務)で週2回まで利用することが可能となり、利用した社員の90%以上が制度に満足していると回答しました。

「労務管理」「情報通信システム」「執務環境」の3つが導入には必要

「労務管理」は、勤怠管理と業務評価をどう行うかがポイントです。勤怠管理は、上長がテレワーカーから始業・就業の際にメールや電話で連絡をもらう方法が一般的です。大人数を一度に管理する場合は、勤怠情報の集計、休暇や残業の申請/承認、シフト設定などがウェブ上でできる勤怠管理ツールを利用することもできます。

業務評価については、社員の業務内容を明確にして、目標設定を行うことにより、上司と部下が成果を確認できるようにすることが望ましいでしょう。

「情報通信システム」は、情報漏洩対策がカギになります。会社のサーバー内にあるパソコン(PC)環境にシンクライアントPC※1からアクセスする仮想デスクトップ方式や、社内のPCに外部のPCなどからアクセスするリモートデスクトップ方式が主流です。

最後の「執務環境」は、テレワーカーが働く環境のことです。在宅で働く際はPCのディスプレイを長時間見て作業することが多いので、テレワーカーの健康上の留意点を考慮し、かつ効率的に働ける環境整備も必要です。机・椅子、照明設備、空調などにも配慮する必要があります。厚生労働省が「VDT作業※2における労働衛生管理のためのガイドライン」を定めているので、そちらを参考にするとよいでしょう。

写真1
写真1
写真2

出典: 2008 年 度「 THE Telework GUIDEBOOK 企業の為のテレワーク導入・運用ガイドブック」 (国土交通省、総務省、厚生労働省、経済産業省)

中間管理職が実践すれば一般の社員も利用しやすくなる

テレワーク導入のプロセスは、図2のようになります。導入に際して何より大切なのは、経営トップの理解と強いリーダーシップです。そしてもう一つ、導入の意外な阻害要因になるのが中間管理職です。一般社員が歓迎しても、中間管理職が難色を示し、結果として導入が進まないケースがあります。なので、まずは中間管理職に自らテレワークを実践してもらい、その意義・効果を実感させることが肝要です。そうすることで、組織全体のテレワークへの理解が得られやすくなります。また、理想は対象を社員全員にすることです。例えば、育児や介護を行っている社員のみを対象としてしまうと、社員間で不公平感が生まれ、かえってテレワークを利用しづらくなってしまいます。ペーパーレス化への取り組みも必須で、書類や決裁を電子化しなければ、結局、オフィスで行わなければいけない業務が多くなってしまいます。

厚生労働省は「テレワーク相談センター」を設けて、電話やメールでテレワークに関する相談を受け付けています。また昨年、東京都は「東京テレワーク推進センター」(文京区)を開設し、相談窓口やテレワーク体験コーナーのほか、定期開催のセミナーなども行っています。こうしたサポートを活用しながら、多くの企業がテレワークを導入してくれれば嬉しいですね。

※1 Thin client。ユーザーが使う端末に最低限の機能性しか持たせないPC。ほとんどの処理はサーバー上で行う

※2 ディスプレイやキーボードを用いた作業のこと。VDTは「Visual Display Terminals」の略

1

残業時間60%ダウン、 生産性113%アップに成功

株式会社石井事務機センター (岡山県岡山市)

右)石井社長 (下)テレワークイメージ

右)石井社長 (下)テレワークイメージ

既存のサービスを利用すれば月額3~4万円でIT環境が整う

(株)石井事務機センターは、1911(明治44)年に文具店として創業し、その後、事務用品・オフィス家具・OA機器の販売を手がけてきた会社です。営業職、保守サポート職、事務職などの方が働いています。同社の石井 聖博社長は「2年前に中小企業向けにワークスタイルの改善提案と、それに役立つソフトウェアやツールの販売という新規事業をスタートしました。お客様にテレワークを勧める前に、まずは自分たちからということで、制度化しました」と話します。

当初は子育て中の女性社員のみが対象でしたが、子どもが急な病気になっても自宅で仕事ができるなど、導入から1カ月もすると、業務効率がかなり上がることが明らかになったため、その後、徐々に対象を広げて、現在は29名の全社員に制度の利用を義務づけているそうです。「任意の時間帯に社外勤務を許可しており、中にはほとんど会社に来ない社員もいます」とのこと。 また、導入にあたっては、大きく三つの課題があったといいます。一つ目は労務管理。同社ではクラウド型の勤怠管理システムを導入し、スマートフォンから、始業、休憩、終業を報告してクラウド上で一括管理できる方法を採用しました。

二つ目はコミュニケーションの質の維持。電話やメール、チャットなどのやりとりだけでは不十分だと考え、同社はウェブ会議システムを導入して、会社のディスプレイとテレワーカーを常時接続することに決めました。「お互いの顔を見ながら会話できるのはもちろん、資料を画面に映しながら相談できて便利です」と石井社長は話します。

最後の三つ目は、情報漏洩対策です。社内データは全て共有サーバーで管理し、外部からリモートアクセスできるようにするなどして、セキュリティレベルを高めています。

「大企業であれば、このようなIT環境は、膨大な予算と時間をかけて一から自社構築することが多いようですが、弊社は既存のサービスを利用したため初期費用はほとんどかからず、月額3~4万円程度で運用できています。中小企業のほうがテレワーク制度は導入しやすいのではないでしょうか」と石井社長は話します。

1時間当たりの生産性を数値化して社員の意識を改革

テレワーク導入後は、会社全体で残業時間が60%減り、生産性が113%向上したそうです。「いまでこそ成功したと言えますが、導入直後は『なぜ在宅勤務者と給料が同じなのか』などと不満の声も少なくありませんでした。社員に意識を変えてもらうために、人事評価では、数値化した『1時間あたりの生産性』をもっとも重視することにしました」と言います。

生産性の数値化の手順は次のとおり。まず「残業時間の削減」「社内ルールの遵守」など、項目ごとに5段階で勤務評価をします。次にその合計点数を勤務時間で割ります。例えば、評価点数が80点で並んだAさんとBさんがいたとして、Aさんは月160時間、残業の多いBさんは月200時間勤務していたとします。Aさんの1時間あたりの生産性は〈80(点)÷160(時間)=0・5〉となり、同様に計算するとBさんは〈0・4〉でAさんよりも低くなり、Aさんのほうが生産性の高い社員ということになります。「この数値を全社員分並べたところ、全体的にテレワークを行っている社員のほうが高くなりました」と石井社長は話します。

現在は、テレワーク関連のさまざまなサービスやツールが販売されているので、それらをうまく活用すれば、同社のようにコストをかけずに、スムーズに社内制度化できそうです。

2

テレワークによって生まれた利益で 全社員にパソコンと スマートフォンを支給

向洋電機土木株式会社 (神奈川県横浜市)

社員の能力を「見える化」して自由裁量権をどんどん与える

橋梁や野球場、マンション、店舗など、さまざまな施設の電気設備工事を請け負う向洋電機土木(株)は、2008年からテレワークの導入を開始しました。約8割が現場作業員だという全社員35人が対象で、導入前と比べてガソリンの使用量は83%、本社の電気使用量は75%に減少し、社員一人当たりの平均労働時間は年2100時間から1800時間に削減されました。もちろん業績も好調で、求人1名に対して全国から600名もの応募が寄せられたこともあるそうです。

テレワークを導入した動機について、広報部長であり、人事の責任者でもある横澤 昌典氏は「自分が親の介護の問題で前職を辞めたこともあって、人材確保と生産性向上のためには社内の働き方改革が必要だと考えました」と話します。そして、同社の倉澤 俊郎社長から一任された横澤氏は、まず社員の能力を把握することからスタート。「例えば、パワーポイントを使った資料の作成ひとつにしても、一人ひとりスピードが異なります。あらかじめ、誰が、どんな業務を、どのくらいの時間で終えられるのかを把握し、社員一人ひとりに業務ごとの標準時間を設定しました」とのこと。労務時間を社員自らの報告制にすると、上司への自己アピールのために実際にかかった作業時間よりも過小に報告する社員や、反対に残業代目的のために過大に報告する社員も現われます。そこで、横澤氏は「その標準時間と、報告してくる作業時間の差が小さい社員こそが信頼できる社員。そういう社員には自由裁量で働ける権限をどんどん与え、逆にその差が大きい社員には指導をして、最終的に全社員が場所を選ばずに仕事ができる環境にしました」と言います。

フリーソフトの活用により低コストでIT環境を整備

テレワーク制度の運用にあたって、同社は極力コストを抑えるために3つのフリーソフトを活用しています。

まず、インターネット回線を利用したテレビ電話システム「Skype」。打ち合わせのほか、指示書や図面を見ながらの会議に使用しています。次に、チャット感覚でメッセージのやりとりができるSNSソフトウェア「OpenPNE」。限られた人たちの間で情報を共有する際に便利とのこと。最後は、ウィキペディアのように業務知識を簡単に編集して共有できる「MediaWiki」。遠方の担当者同士で仕様書などを同時構築できて便利だといいます。

「この他にも社員のパソコンのログ(※)を監視するシステムを自作して導入していますが、既存の無料ソフトをうまく活用すれば、高額な予算をかけずとも、テレワークの実施に必要なIT環境は十分に整えられます」と横澤氏は言います。また、同社は「テレワークの効果によって生まれた利益を設備投資にまわす」という方針を掲げており、全社員に最新型のパソコンとスマートフォンを支給。最新機器の使用によって作業効率が上がるのはもちろんのこと、「共通の機器に統一することで、効果的な使い方を社員同士で教え合うことができるなど、さまざまなメリットがある」そうです。

「次々に作業現場が変わる建設業界こそ、テレワークの導入をもっと進めるべきだと思います。自宅、会社、現場の3拠点間の移動時間が削減されれば、総労働時間も減り、無駄なコストも削れます。採用目的などのPR戦略のために導入する会社もあるようですが、弊社は徹底的な利益追求、生産性の向上を目指した結果がテレワークの導入でした」と横澤氏。

目的をはっきりさせ、社内で意思統一を図ることがテレワークの効果的な運用への近道と言えそうです。

▲ ページトップ