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シリーズ企画

2019年09月号

効果を高める会議術

業務の進捗状況、顧問先の情報などを共有するために、会計事務所でも日々、会議が行われていることと思います。その会議、進め方や話し合う内容が定例化してはいないでしょうか。本特集では、ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ(株)のコンサルタントで『世界で一番やさしい会議の教科書』著者、榊巻 亮氏に業務効率化や生産性向上につながる会議術についてお話しいただき、実際に効果の高い会議を実践している企業の事例を紹介します。

榊巻 亮 氏 (さかまき りょう)

ケンブリッジ・テクノロジー ・パートナーズ株式会社
ディレクター

榊巻 亮 氏
(さかまき りょう)

ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ(株)ディレクター、一級建築士。大学卒業後、大和ハウス工業(株)に入社。住宅の設計業務に従事するとともに業務改善活動に携わり、改革をやり遂げる大変さと大切さを痛感する。ケンブリッジ入社後は「現場を変えられるコンサルタント」を目指し、金融・通信・運輸など幅広い業界で業務改革、新サービス立ち上げ、プロジェクトを通じた人材育成などを支援。ファシリテーションを生かした納得感のあるプロジェクト推進を得意としている。主な著書に『業務改革の教科書』(日本経済新聞出版社)、『世界で一番やさしい会議の教科書』(日経BP社)など。講演活動も多数実施。

企業改革に欠かせないファシリテーター

 私が所属するケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズ(株)では、企業のための新たなビジネスモデルの検討や業務改善から、その実現のためのITソリューションの導入まで、一貫したコンサルティングサービスを手掛けています。中でも私が特に心掛けているのが「現場を変えられるコンサルタント」であることです。経営に関する数値分析に基づいて事業計画を立て、資料を示しておしまいではなく、実際に従業員の方たちが働く現場に入り、ファシリテーターとして意見を引き出しながら変革のお手伝いをし、新しいやり方が現場に浸透するまで見届ける―。これこそ、コンサルタントの本懐だと思っています。

 「ファシリテート」は「誘引する」「促進する」という意味の言葉で、「ファシリテーター」の役割は、同じゴールに向かう人たちの力を集めて一つにし、全員が常に最適・最良の仕方で走り続けられるようサポートすることです。企業変革の第一歩は、プロジェクトや業務を進める中で数限りなく行われる「会議」をファシリテートすることなのではないかと考えています。

書くファシリテーション「スクライブ」

 それでは「会議におけるファシリテーション」の具体的な技術の中から、すぐに実践できて効果の高いものを紹介していきます。会議運営のノウハウに組織の規模の大小はあまり関係がないので、参考にしていただければと思います。まず、特に3~5人程度の少人数の会議でオススメなのが「書くファシリテーション」、専門用語でいう「スクライブ」です。やることは、会議の参加者のうちの誰かが、ホワイトボードでもA3紙を机に置いてもよいのですが、そこに議論されている内容を太めのサインペンで書くだけ。これによって、議論における必要なポイントや決まったこと、やるべきことなどが見える化され、個々人で理解を深めたり勘違いに気づいたり、聞き逃したことを確認できたりします。

 大事なのはスクライブを行うとき、無理に構造化したり図示したり、要約したりしようとせず、発言をありのままに書くことです。ただ、もちろん一言一句書き記そうとすると追いつかないし煩雑になるので、工夫は必要です。特定の言葉をあらかじめ決めてある記号に置き換えたり、単語を短縮し表記したりすることで、無理のない範囲でなるべく簡潔に書くのがポイントです。そして必ず、決まったこと(決定事項)とやらねばならないこと(TODO)は記号で示すこと。詳しくは次節で解説しますが、これらをやっておくと、会議のクロージングにおける「振り返り」に役立ちます。

 スクライブを習慣化し、日々の会議に定着させるには、そのつど上司が会議参加者の誰かを書き手として指名するのが早道です。あるいは参加者の誰かが「勝手に始める」のも有効な手です。自分用のメモであるかのように勝手にスクライブを行い、「今の話はこういうことですよね」とメモを指させば、自然と参加者たちはそれを見ながら議論を行うようになっていくはずです。

決定事項とTODOを「振り返り」で確認

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スクライブの様子

 もう一つぜひ実践してほしいのが、会議のクロージングにおける振り返りです。さまざまな議題を話し合った後、それぞれの議題のポイントや決まったことを確認し合い、誰が何をいつまでにやるかを共有した上で会議を締めくくると、内容のしみわたり方が全く違います。例えば、私が同席したあるプロジェクトでこんなことがありました。それは新サービス立ち上げに際して挙がってきた課題を一つひとつ対応検討してさばいていくという会議で、主な参加者は部長クラスの10人、そこに最年少で加わっていたのが入社2年目の若手Aさんでした。私は彼の横に座っていたのですが、彼は会議の間中、議題になっている課題と決まった対応策、疑問点、不明点など自分用のメモを熱心にとっていました。そこで私は会議の終わりに、Aさんに疑問点や曖昧な部分について発言して確認するよう促したのです。Aさんは戸惑いながらも「決まったことは●●でこれはBさん担当、△△は保留、××はC案で決定でDさん担当」といった具合に1分ほどメモを読み上げていきました。すると、彼が話し終わった途端に部長たちが「●●はOK」「××はC案に確定ではなく有力案として継続検討するということ」「△△については営業とも連携する必要があるが、その担当者が決まっていない」と追加で議論がなされ、結果、全ての議題の白黒がハッキリつけられて会議は終わりました。

 こんな風にほんの少しの時間、決まったこと(決定事項)とやらねばならないこと(TODO)について確認し合う時間を設けてみると、実は参加者の認識が少しずつ、時には大きくズレていることが分かります。これはどんな会議でも少なからず起こっていることですので、振り返りは絶対に必要な工程だと言えるでしょう。スクライブと同様、上司が毎回会議の冒頭に振り返り役を指名すれば習慣化することができますし、参加者たちの会議への参加意識や話を聞く姿勢もより積極的なものになると思います。

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「スクライブがなぜ大事なのか」についての説明を聞き、それを実際にスクライブしてみる、というトレーニングで作成したメモ

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「スクライブがなぜ大事なのか」についての説明を聞き、それを実際にスクライブしてみる、というトレーニングで作成したメモ

写真2

スクライブでは、決定事項やTODOを明確に示す

会議のファシリテーションでやってはいけないこと

 次に、さまざまな方法で会議をファシリテートしようとするとき、やってはならないことについても解説したいと思います。最も多いのは、会議を仕切ろうとしてしまうパターン、「自分が議論の流れをコントロールして、しかるべく着地させるのだ」という考え方です。ファシリテーターの役割は、あくまでも場を「モヤモヤしていない状態」に保つことであって、前に立って参加者たちを結論に導いていくことではありません。

 また当然ですが、「それは今話し合う必要ない」など、人の話を偉そうにさえぎって効率化しようとするのもNGです。会議においては話し合っている内容の質だけでなく、コミュニケーションの雰囲気も大事なので、それを壊すようなことは慎むべきです。「若手従業員が会議で全く発言しない」と悩む上長の方が多いようですが、それはその場を支配している上長自身の態度やスタンス、雰囲気づくりなどに問題があるからかもしれません。発言を引き出すコツはいろいろありますが、上長が部下の発言に対して、それがどんなにささいなことであっても共感を示したり、発言してくれたこと自体に感謝の意を示したりすれば、だんだんと声が出るようになっていくものです。

 もう1点、誰かひとりが「私がこのダメな会議を改革せねば」と期待値を高く設定しすぎて抱え込んでしまうのもよくありません。「会議のファシリテーション」は、その考え方や意識を複数の参加者と共有してから実践するのが望ましいと思います。例えば私のクライアント企業の方がよくやっているのが、私の会議術の書籍やブログを回し読み・共有して「ちょっとこれやってみよう」と話し合うという方法。どんなに小さな企業改革もたった一人で行うのは難しいので、まずは「会議のファシリテーション」を共通言語化してみることをオススメします。

世界で一番やさしい会議の教科書』

顧問先に接する際にも有効なファシリテーション

 ところで、こうした「会議のファシリテーション」は日々の内輪の会議だけでなく、税理士の先生方が顧問先に接する際にも、役立つのではないかと思います。顧問先との雑談の中から相手の困り事や悩み事を見出し、その課題解決について話し合う、ということはよくあると思いますが、その話し合いをスクライブしながら行い、話の終わりにメモの中の決まったこと(決定事項)とやらねばならないこと(TODO)を指さしながら、「今日は●●をしていくことが確定しました。私の次のアクションは△△で、Eさん(顧問先)に次回までにやっておいてもらうことは××です」と振り返りを行ってみてください。こうした過程を経ることで、お互いの認識のズレが確認でき、効率的に軌道修正して先へ進めるはずです。

会議を変えることは働き方改革に直結する

 以上、スクライブと振り返りを中心に、会議におけるファシリテーションについて解説してきました。私はこの会議におけるファシリテーションを『世界で一番やさしい会議の教科書』という著作にまとめましたが、出版後の反響から分かったのは、「グダグダな会議」に困っている人や少しでも会議を有益なものにしたいと考え悩んでいる人がいかに多いかということです。当時はまだ「働き方改革」という言葉も考え方もありませんでしたが、考えてみれば会議改革、打ち合わせ改革は働き方改革に直結します。どんなプロジェクト、どんな業務にも数限りない会議や打ち合わせが必要であり、その基本はコミュニケーションです。時短勤務や残業なしを推進したり、業務改善のためのツールを導入するだけではなく、コミュニケーションのあり方も見直すべきではないでしょうか。会議におけるファシリテーションの考え方でコミュニケーションの仕方をちょっと変えてみる。それだけで組織活動の生産性や効率は上がります。ぜひ、組織改革は現場レベルの小さなことから始めてほしいと思います。

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日揮(株) 人財・組織開発部

神奈川県 横浜市

榊巻氏の講座「会議ファシリテーション伝道師養成講座」の様子

榊巻氏の講座「会議ファシリテーション伝道師養成講座」の様子

会議ファシリテーションを重視している企業の事例として、プラントエンジニアリング最大手の日揮(株)における改革について取り上げます。同社では人財・組織開発部主導で早くから会議ファシリテーションのスキルの定着と標準化に取り組み、大きな成果を上げてきました。

 揮(株)人財・組織開発部の森田 謙二氏によれば、同社では2015年度から社内の業務改革や組織開発に取り組む中で「社員が日々、それぞれどういった作業にどのくらいの時間をかけているか」という業務実態調査を2週間にわたって実施、分析しました。この調査結果から分かったのは、「会議やコミュニケーションに大きな時間を費やしている」ということ。「メールのやりとりも含めたコミュニケーションが就業時間に占める割合は約40%、うち会議が25%だった」そうです。「この時間をより効率化しよう」というわけで、16年度からさまざまな改革案が実施されていきました。 特に力を入れたのが、会議の運用ルールの見直しです。会議の開始時間を10分遅らせるという新ルールはその一つです。「例えば10時ちょうどに開始時間を設定せず、最初の10分は前の会議や打ち合わせからの移動や準備に充て、参加者全員が準備万端整った10時10分から会議をスタートさせるようにしました」とのこと(取締役会や社長が議長を務める総合運営会議も10分始まり)。また、社内のすべての会議室には「会議ふりかえるシート」が配置されました。これは榊巻氏の『世界で一番やさしい会議の教科書』に触発された社員が会議のクロージングにおける「振り返り」を定着させようと発案したもので、会議冒頭で「ふりかえるシート担当」を決める習慣が根付いたそうです。

 同社では他にも小さな工夫を重ねる中、さらに会議ファシリテーションの定着を推し進めようと榊巻氏に講義やセミナーを依頼しました。そして榊巻氏の提案で、1回の研修でおしまいにするのではなく「伝道師養成」に挑戦。会議ファシリテーションのさまざまな方法論をある程度身につけた「伝道師」が、自身の所属部門においてそれを広め、浸透させていく、という方法をとったといいます。また、会議ファシリテーションのエッセンスが学べるeラーニング用ビデオを榊巻氏の資料を元に、許可を得て伝道師が作成、新入社員の研修の他、既存の社員のリマインドのためにも活用したそうです。 こうした取り組みのおかげで「現在では会議ファシリテーションの基礎がさまざまな現場に浸透している。コミュニケーションの質が上がることが、生産性向上に結びつくことをあらためて実感した」と森田氏は話しています。

新しく設定した会議運用ルールはポスターにして全社的に共有

新しく設定した会議運用ルールはポスターにして全社的に共有

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