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シリーズ企画

2021年02月号

歴史に学ぶ、「コロナ禍」の意味

コロナ禍によって、これまでの私たちの日常生活や社会・産業構造は大きく変容しました。 そんな中、浜本 隆志氏は著書『ポスト・コロナの文明論』において、これを機に現代社会のあり方や 人間のふるまいを考え直すことの重要性を強調しています。我々は今回のパンデミックから何を感じ、 何を学び、そして今後にどのように生かしていくべきなのか――。浜本氏に語っていただきました。

浜本 隆志 氏

関西大学名誉教授

浜本 隆志 氏

1944年香川県生まれ。関西大学名誉教授、博士(文学)、専攻はドイツ文化論・比較文化論。主著に『ドイツ・ジャコバン派』(平凡社)、『鍵穴から見たヨーロッパ』(中公新書)、『モノが語るドイツ精神』(新潮選書)、『欧米社会の集団妄想とカルト症候群』(編著、明石書店)、『現代ドイツを知るための67章【第3版】』(共編著、明石書店)ほか。

ペスト禍とコロナ禍

 まず、なぜ私が『ポスト・コロナの文明論』を執筆したか、その背景についてお話ししたいと思います。日本での新型コロナウイルスに対する関心は、ご承知のように中国の武漢の医療崩壊、都市封鎖に端を発しています。さらに、来日した中国人観光客からの感染説に加えて、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の感染騒動などが大々的に報道されました。こうして始まった一連のコロナ禍が拙著を執筆するきっかけになったのは事実ですが、私はそれ以前にペストのパンデミックを調べたことがありました。2015年に出版した『欧米社会の集団妄想とカルト症候群』(編著)の中で、中世末期の1350年前後に、全ヨーロッパを襲ったペスト蔓延時のパニック状態を調査したのです。それはヨーロッパの人口のおよそ3分の1(推定約3300万人)を失った壮絶な惨禍でしたが、当時の人々はペスト患者の隔離だけではなく、死から逃れるために「むち打ち苦行」や「都市封鎖」を行いました。このパンデミックは中世の封建体制の社会システムを崩壊させ、結果的にローマ・カトリックの信仰を揺さぶり、新しいヨーロッパの近代思想やルネサンスを生み出す契機となりました。

 今回のコロナ・パンデミックは致死率では雲泥の差がありますが、現代文明に与える影響力という意味において、まさしくペストの再来のように思えました。また今、世界中で行われているマスク着用、感染者隔離、都市封鎖、検疫などは約670年前のヨーロッパのペスト蔓延時にもすでに試みられていた防御方法です(検疫は当時では船、現在では通常は空港)。そこで、私は比較文明論の視点から本書を執筆しようと思い立ちました。「感染症の歴史と近未来の社会」というサブタイトルは、こうした前史の延長線上に位置づけられ、感染症の連鎖を物語るものなのです。

コロナ禍を機に生まれた 新たなビジネスと働き方

 では、コロナ禍が産業や社会、生活にもたらしたさまざまな変化を、現代人はどのような視点・観点で捉えるべきかをあらためて考えてみたいと思います。新型コロナウイルスは都市化した人口密集地域を襲い、次々と感染者を蔓延させるのみならず、波状的に出現し、都市部から地方へと感染地域を広げていきました。これは現代文明に対する痛撃であり、産業や社会への影響は計り知れません。現在もなお、人々は互いの接触を避けるためにマスクを常に着用し、感染者を隔離せざるを得ない状況が続いています。都市部においてはサービス業、特に飲食業が大きなダメージを受けている他、スポーツや劇場型エンターテインメント(ライブ、コンサート、音楽や芸術活動、伝統的な祝祭行事)も苦境を強いられています。収入源を絶たれた飲食店、音楽・スポーツ関係者、役者、芸術家などは創意工夫して活動を継続したり、コロナ禍の収束まで公的な補助金に頼ったりして、なんとか生き延びなければならない状況に追い込まれています。

GDPと生活満足度の関係

 他方、ペストという痛みが近代ヨーロッパを誕生させたように、コロナ禍は新しいスタイルの働き方やビジネスを生み出しました。すでにテイクアウトやデリバリーなどの流通方式、テレワークなどは一般化していますし、ネット通販やオンライン会議システム、IoT、遠隔医療、eラーニングなどに関するビジネスへの投資が活発化し、多種多様な業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速しています。折から人口減の深刻化に直面している日本では、近未来の人手不足とGDP(国内総生産)低下をカバーするため、ありとあらゆる業種・業界におけるICT活用の促進が喫緊の課題となっていました。そうした中にあって、コロナ禍は確実にイノベーションを触発させる契機となったのです。

浮き彫りとなった グローバル資本主義の功罪

 ただし、コロナ禍の社会変革や技術革新がグローバル資本主義の暴走を助長しかねない危険性には、十分に注意を払わねばなりません。よく知られているように現代社会はグローバル化していますが、その推進エネルギーは「資本の論理」に基づいています。大資本は労働コストの安い外国で製品を生産し、それを輸入して自国だけではなく世界中に販売し、利益を上げています。現代においてはこのグローバル資本主義が世界経済システムの基本となっており、その延長線上に生まれた一握りの多国籍企業が急速に成長し、一方で世界的に格差や不平等が広がってしまいました。

GAFA(ガーファ)

 コロナ禍はこうしたグローバル資本主義の暴走に痛撃を与えたはずでした。製造業のグローバルサプライチェーン(供給連鎖)が分断され、株式や原油価格、各種相場も大きなダメージを受け、資本そのものが溶解させられたからです。ところが、グローバル資本主義は訪れた危機すらビジネスチャンスと捉え、なおもマネーゲームを展開。資本をグローバルに動かし、株式、先物相場、金などを買いあさりました。また、巨大IT企業はDX加速を追い風に躍進し、従来型のビジネスとの間の二極化をさらに拡大させています。中でもGAFA※1(次頁)はデジタル・プラットフォーマーとしてより力をつけ、まさに世界規模で情報とモノを結びつけるビジネスによって莫大な利益を得続けています。その寡占状態や租税回避を行っている点、個人情報や各種データの取り扱いなどに世界中から疑義が呈されているのは周知の事実です。

 コロナ禍はこのようにグローバル資本主義が「利益を国家や国民に還元し、社会貢献する」という本来の企業の使命を忘れ、暴走し続けている実態をあらためて浮き彫りにしたと言えるでしょう。今こそ、「資本の論理」に対するイデオロギーやシステム、倫理観を再構築することが求められているのです。

コロナ禍は地方創生を 加速させるか

 続いて、ウィズ・コロナ、ポスト・コロナにおける日本の地方創生についても考えてみたいと思います。日本は明治維新から中央集権国家を目指して歩んできましたが、高度成長期以降、東京一極集中という「異形な国のかたち」が生まれてしまいました。東京と地方の格差が拡大し、近年、それを是正すべく地方創生が叫ばれるようになりました。しかし、現在のように国がトップダウン方式で地方自治体に総合戦略の策定などを求め、それを採点するという構造でやっているうちは地方の主体性や積極性を引き出せず、地方分権につながるような動きが生まれてくる見込みはないでしょう。企業も東京に本社機能を置いておく方が効率的だと考えています。東京に集中している企業だけでなく、官公庁ですら同じ考え方です。例えば2021年に決まっていた小所帯の文化庁の京都移転すら、22年以降に延期されるありさまです。政治の側から道州制のメリットを叫んでも、その実現は遅々として進んでいません。

 ただ、これまで東京への人口流入過多という状況がずっと続いてきましたが、今、逆転現象が起きています。20年12月の総務省の発表によると、コロナ禍以降、東京の人口が5カ月連続で減少に転じ、11月では4033人減となったとのことです。理由としてはコロナ禍の影響が最も大きく、個人的な決断もありますが、多くは企業の方針転換によるものです。例えばパソナ本社の淡路島移転が打ち出され、多くの社員が移動しました。テレワークを活用すれば、地方でも仕事は可能となるからです。 また、特筆すべきモデルは徳島県神山町のケースです。現在、神山町は人口5千数百人ですが、かつては人口減少に苦しむ典型的な過疎の田舎町でした。風光明媚な自然に恵まれているとはいえ、特産物といえばスダチくらい。そこに仕掛け人が地方の行政とタイアップし、最新のIT産業誘致を目指して「グリーンバレー構想」を打ち出し、そのための環境整備を徹底したのです。その結果、11年には町の人口が増加に転ずるという奇跡が起こりました。ICTビジネスを手掛ける起業家たちが集まり、古民家を活用したサテライトオフィスは今では59軒(18年)もあるといいます。

 このような流れが、日本の各地方で徐々に広がり始めています。皮肉なことにコロナ禍によってその流れが促進され、産業構造の変化を促し、人々の考え方や行動指針にも影響を及ぼしていることは、先に指摘した東京の人口動態に表れています。今後、東京一極集中は次第に是正されていくものと考えられますが、国から地方へのトップダウン型ではなく、地方が自発的にそうした取り組みに乗り出すボトムアップ型の地方創生が加速することを期待したいところです。何しろこの日本には江戸時代、幕藩体制によって豊かな地方文化が花開いていたのですから。

成長神話から脱却し 人間本来の価値に触れる

 コロナ禍が社会・産業構造に与える影響と、それを受けて現代人がいかに従来のグローバル資本主義や中央集権的な国家運営を捉え直すかといったことを考察してきましたが、総じて「成長神話からの脱却」がこれからのキーワードとなるのではないでしょうか。

 人々は基本的に「文明は進歩していくものだ」という確信を抱いています。が、これはもともとヨーロッパ型の発想であり、近代ヨーロッパの自然科学の発達がモノを生みだし、それが人間の欲望を満たして豊かな生活をもたらすという世界観に基づいています。日本には本来、循環型の世界観が根づいていましたが、明治時代以降にヨーロッパ型の世界観を導入し、産業革命による工業立国を目指すようになりました。その後、農村から都会へと人口が移動し、農地の縮小や環境破壊などが進み、農業生産国から工業製品の製造・輸出国へと大転換を果たしました。その結果、高度成長期には工業製品の輸出によって、バーター取引のように農産物を輸入し、世界各地から輸入された農産物が市場にあふれ、飽食を謳歌することとなったのです。しかし農業の軽視は近年、食料自給率(カロリーベース)の低下を招いています。統計によると1960年代以降の食料自給率はどんどん低下し、18年では37%となっています。平穏な時代には「食料は外国から輸入すればいい」という発想で乗り切れますが、この度のような災禍で世界的な食料事情が急変すると、きわめて由々しき事態に陥るのは誰の目にも明らかです。日本はバブル崩壊を経た後も経済発展を第一とする成長神話から抜け出せていませんが、コロナ禍がその成長神話の脆弱性をあらわにしたことで、農業回帰の動きも徐々に盛り上がってきています。

幸福度ランキング

 成長神話の呪縛から抜け出すためには、経済成長とは別の価値や尺度で社会のあり方や生き方を捉え直すことが肝心です。例えば、OECD(経済協力開発機構)が調査している各国の幸福度ランキングは、今後の社会のパラダイムを別の角度から眺めてみるきっかけを与えてくれます。この調査では所得、健康と寿命、社会支援、自由、信頼、寛容さといった項目から幸福度を割り出しており、20年度の世界ベストテンは、以下のようになっています。

ポスト・コロナの文明論

 これらの上位諸国は、いずれも比較的人口の少ない福祉国家であるという共通項があり、富の配分が不満のない形で行われていることがうかがえます。なお、アメリカは18位、日本は62位、ロシアは59位、中国は94位というように、GDP上位や人口の多い先進国はベストテンには入っていません。つまり国の豊かさを測る指標とされているGDPは、国民の幸福度とは一致しないのです。 幸福度を測るには、モノの豊かさの他に良好な人間関係や心身の健康など多くの要因があります。特に人間関係は、モノよりも幸福度を大きく左右すると言われています。家族や配偶者、恋人、その他身近なコミュニティにおける人間関係がうまく機能していると、幸福度は上昇します。現代の日本ではかつての近隣共同体が崩壊し、家族も核家族化しており、独身者の比率もどんどん高まってきて、人間関係が希薄になる傾向にあります。SNS※2で個人同士がつながりやすくなってはいますが、そこでは表層的な交流に終始することが多く、各人は孤立しているのでなかなか幸福感が得られません。最近では3密を避けるため人と人が直接会う機会が減じ、オンラインでのやりとりが多くなっているので、ますます孤立感や孤独感が高まってしまうことが懸念されます。しかし逆にこうした状況だからこそ、「オンラインでいかに心のこもった交流をするか」「オンラインだからこそ普段会えない遠方の友人などともやり取りできる」といった発想で創意工夫を凝らしたり、新たなツールが生まれたりしているのは素晴らしいことです。コロナ禍によって社会活動や企業活動、生活に大きな制約を受けたことで、多くの人々が経済性や効率性に捉われない、人間として生きる上での価値観に気づき始めています。過去のペスト禍も従来のヨーロッパ人の世界観の再考を促し、ルネサンスや宗教改革を生み出していきました。ちょうどそれと同じように、コロナ禍も私たちの生き方や考え方に大きな変革をもたらしているのです。

閉塞状況にあっても近未来に希望を見出そう

 最後に、この生き方や考え方の変化についてもう少し踏み込んで考えてみたいと思います。コロナ禍の中で毎日、テレビや新聞、インターネットで新型コロナウイルスの感染拡大状況が報道され、医療崩壊の危機が伝えられたことで、人々は通勤・通学・買い物などにおいても密なる接触を避けるために神経を尖らせるようになってしまいました。最近ではイギリスから変異種が流入して大騒ぎになっています。この状況が人間の心理面に大きなストレスを与え続け、それが社会の閉塞状況を醸成しています。こうした状況がいつまで続くか分からないとなると、ストレスやフラストレーションは増幅され続けます。課題は一人ひとりのこの負の感情や思いをいかにして払拭するかです。

QR

 これは多分に心理学に関連する問題ですが、ストレス発散の方法や未来への展望を持つことが必要です。没頭できる趣味や特技、スポーツ、読書などがあれば気分転換になります。また園芸や農作業など、自然と向き合う生活が見直されています。さらに、ワクチンや治療薬、抗体免疫などの可能性を考えると希望も湧きます。もちろん慎重な治験が不可欠ですが、科学者の叡知を信じ、平穏な日常が戻るのを夢見ることは、精神衛生上必要です。『日はまた昇る』(ヘミングウェイ)ように、出口の灯りは見えています。時代の閉塞状況だけを見るのではなく、個人でできる範囲でストレスを発散したり、オンラインでのコミュニケーションの取り方を工夫したりすることで、近未来を展望する心の余裕を持つことが重要だと思います。

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