柔軟な事業展開で長寿企業に

向田 靖代表社員（以下、敬称略）　まずは御社のルーツからご紹介ください。

鑓田 実社長（以下、敬称略）　当社のルーツは「三方よし」の商法で知られる近江商人です。その中でも蒲生郡日野町出身の「日野商人」と呼ばれる商人であり、同地の特産品であったお椀や荒物雑貨、薬をメインに北関東で行商を行っていたそうです。そして、寛延2年（1749年）に2代目の矢野久左衛門（宗仙）が上野国桐生新町二丁目（現在の群馬県桐生市本二丁目）に店舗を開き、清酒醸造と質商を開業、商号を近江屋喜兵衛と称したのが当社の始まりとされています。事業はその後も順調に拡大していき、荒物商や味噌醤油醸造、呉服太物商なども営むようになっていったそうです。

向田　さまざまな商いをしていたのですね。

鑓田　時代や地域のニーズにマッチした商いをしてきたのだと思います。例えば、醸造業は明治初期にやめていますが、桐生が繊維産業で栄え始めてからは呉服業などに注力し、1927年には10代目久左衛門が桐生で最初の百貨店である矢野呉服店を開業。さらに1928年には銘茶部門を立ち上げています。既に矢野呉服店はありませんが、銘茶部門は現在もグループ会社の（株）矢野園（2020年に分社化）が運営し続けています。

向田　現在の主力事業である化学品の卸売業はいつ頃から始めたのでしょうか。

鑓田　もともとは繊維産業向けの染料を中心に扱っていたのですが、高度経済成長期以降は繊維産業の勢いがなくなり、両毛地域にはプラスチック成型工場などが増え、近年では工場団地なども整備されていきました。そして、当社もその変化に対応し、樹脂の材料や出荷資材などを取り揃えたり、配送事業を立ち上げたりしながら、化学品専門商社へと進化を遂げていったのです。ちなみに、現在の化学関連事業は、化学薬品などを取り扱う化成品部、汎用プラスチックなどを取り扱う樹脂部、包装・物流資材を取り扱う合樹製品部、エコを提案する環境事業部から成り立っています。

向田　コロナショックも含め、現代も激動の時代と言えますが、こうした変化に対応するためにどのようなことを心掛けていますか。

鑓田　展示会などに足を運んだり、取引先のもとを訪ねたりして、最新の情報やニーズを得るようにしています。2020年はコロナ禍の影響でなかなかそれができなかったので、最近はITを活用した情報収集などにも取り組んでいます。

各地の銘茶などを販売

店舗内は歴史を感じさせる造りになっている

矢野本店店舗の外観

周辺地域の活性化にも尽力

向田　そういった多様な取り組みの根幹にはどのような経営理念があるのでしょうか。

鑓田　当社は「有鄰と温故知新の精神を忘れず、信用を重んじ、人を愛し、仕事を愛し、社会の発展に貢献する」という言葉を経営理念として掲げています。有鄰とは『論語』の一節にある「徳不孤必有鄰」から引用したもので、「徳のある人は決して孤立せず、必ず志の同じ人達が集まって来るものである」という意味があります。この経営理念があるからこそ、筋を通しながらさまざまな事業を展開することができているのです。

向田　矢野本店店舗（矢野園の店舗）では銘茶や米、酒類の販売の他、喫茶事業を展開していますが、御社はその周辺の活性化にも精力的に取り組んでいますね。

鑓田　桐生新町重要伝統的建造物群保存地区にある矢野本店店舗は、桐生市の重要文化財に指定されています。また、当社がかつて酒・醤油・味噌などの醸造業を営んでいた頃の建物群である「有鄰館」（ビール蔵を除く10棟が桐生市指定重要文化財）は1994年に桐生市に寄贈し、現在は文化活動の拠点として活用されています。その他、2017年には有鄰館に隣接している旧前原邸を買い取り、修復した上で19年に初代の名前を冠した「近江屋喜兵衛」という食事処を立ち上げました。近江日野牛のしゃぶしゃぶや旬の食材をふんだんに使った料理を提供しており、広々とした空間の中でゆっくりと食事をとることができるとあって、リピーターの数は着実に増加中ですし、弁当をはじめとしたテイクアウトも人気を集めています。伝統的建造物の維持には莫大な手間と費用がかかりますが、これらは地域の大切な観光資源でもあるので、今後も有効活用していきたいと考えています。

向田　これからも老舗企業として地域を牽引し続けてください。本日はありがとうございました。

食事処の建物内奥には昔の写真や文書が閲覧できるスペースも

2019年にオープンした食事処「近江屋喜兵衛」

店舗内には喫茶スペースもあり、ゆっくりとくつろげる